♯ ラジオ


真夜中だ。
久しぶりに部屋の片付けなんかはじめたら、どんどんのめりこんでいつの間にか棚の奥までひっくり返したりしていて。
ずいぶんと懐かしいものまで出てきた。例えば古くさい型のラジオだ。小さい頃、どうしてもほしくって親に頼み込んだのを思い出す。あれは俺にしてはめずらしいわがままだった。親もそう思ったのか、なんだかんだもめた後に、結局買ってくれたのだ。
大事にしていたはずなのに、今まで忘れていた。
忘れていたのに、実物を見たとたんに思い出した。
ごめんな、と薄情に呟いて電源を入れたら、ノイズ混じりにそれでも音を運んできた。
そのラジオを適当な番組に合わせて、片づけを続行して。
夕食やら何やらで中断されたものの、終わってみればこんな時間だったというわけだ。
埃が舞うためにこの寒い中薄く窓なんて開けているけれど、今の今まで寒いともなんとも思わなかったのだから、夢中になるのはたまに怖い。
あわてて窓を閉めて暖房を入れて、部屋を出る。
暖まるまでの間にシャワーを浴びてしまおうと思ったのだ。埃をかぶるから、こちらも後回しにしていた。
親は今日は帰ってこない。仕事、だそうだ。
もう慣れてしまってさみしいとも思わない。第一そんな年でもない。
ただキッチンのテーブルの上に出しっぱなしの空のカップ麺の容器は軽く水洗いしてゴミ箱に放り込んでおく。


部屋にもどればぬるい空気に肩の力が抜けた。
時計を見れば短針がとうに真上を過ぎている。
でもまあ、明日は日曜日で休日だ。
久しぶりに何の予定もない休日だった。友達との約束もない、完全に自分の時間だ。
久しぶりに惰眠をむさぼるのもいいかもしれないな、とまだ少し濡れた髪のままにベッドにもぐりこんだ。
暖房を止めて、電気を消して。
明日――正確にはもう今日だけど――は目が覚めるまでベッドの中でだらけていよう。
起きたら起きたで、渋谷をぶらつくのもいいかもしれない。
そういえば最近壁グラに行っていない。
ちょっと前までは、毎日でも行かないと気がすまなかったのに。
これはどういう心境の変化だろうと考えてみて、すぐにやめた。
きっと特別な意味などないのだ。きっと。ただの気まぐれで。
そうだ、目覚ましを切っておこう、と枕元を探した。
そういえばラジオ。
ノイズ交じりに流行の曲が流れている。忘れていた。あれももう止めないと。
ラジオは、ベッドから離れた机の上だ。でももう布団から出たくない。手を伸ばす。
もしかしたら届くかも、と精一杯腕を伸ばして、ベッドから落ちそうになりながらそれでも腕を伸ばして、布団が体の上からずり落ちるのを感じてこれだったら素直に起き上がったほうが良かったかも、と思いながらももうこうなれば意地でこの姿勢のままラジオを止めようとますます腕を伸ばして。
誰かに、手首をつかまれた。
本当だったらここで驚くべきだったのだ。俺は。
それなのに思わず笑ってしまったのだから、本当に、どうしようもないなと自分で思う。
きっと電気もつけない暗闇の中、口元だけの笑いだったから相手には気づかれなかったと思うけど。
どうだろう。

「ネク君、それ、新手の健康体操か何か?」

ああ、今学校で大流行だ、なんて言ってみたら、あきれたようなため息が落とされた。
俺もいい加減諦めて、体を起こしてベッドの上に座る。
その間中ずっと握られていた手首の感触をおっていたのだから、いよいよ俺はどうしようもない。
俺の手をつかんでいるヨシュアは正面に立ったまま、視線だけをラジオに向けていた。
その横顔が窓から差し込む、きっと月明かりで照らされていて嫌に神妙そうな顔をしているのがわかった。
暗いといっても目がなれてくれば気にならない程度だ。
今日は満月だったのかもしれない。
そんなことをぼんやり思って、ラジオの音を意識する。
ノイズが大きくなっている気がした。

「ずいぶん、懐かしいものを持ってるんだね」
「物持ちがいいんだよ。昔は、大切にしてた」
「今は?」

ヨシュアの目が静かに俺を見る。俺は小さく笑って、目を閉じる。

「どうかな」

大切だなんて、よくいう。今の今まで忘れていたくせに。
大事な物だって簡単に忘れてしまえる自分が自覚されて胸がざわついた。
手首をつかむ手が責めるように強くなったように感じたのは、薄っぺらい罪悪感ゆえの錯覚なのか。

「君は僕のことも、いつか忘れる?」

まるでその方がいいとでもいうような響きだった。
そうだな。
目を閉じたまま、俺は答える。

「忘れるかもしれないな、俺は」

どうしようもなく薄情ものなのだ、俺は。
そんなこと、知りたくもなかったけれど。

目を閉じていたのは真っ直ぐなヨシュアの視線に耐えられないと思ったからだ。
いっそなじってくれたら卑怯にも気が楽になっただろう。
いっそ悲しげならば、それは嫌だと言ってくれるなら俺はもう少し優しくなれる。
でもきっとヨシュアは無表情だと知っていた。
俺に答えをくれるほどヨシュアは親切ではない。
俺を馬鹿にはしていない。
だから俺は目を閉じたまま、胸に浮かぶ言葉をそのまま告げる。

「でもお前がこうして会いに来てくれるなら、全部何度でも思い出す」

妬みも恨みも苛立ちも。
せつなさも悲しみも。
ずっと大事に抱えている、ヨシュアが好きだという想いの強さも。
全部全部。

「そう」

ヨシュアは呟く。ノイズ交じりの空間で。

「僕は、どうするのが正解なんだろうね?」

ヨシュアの悩みの内容を俺は知らない。どうする、の中身を、俺は知らない。
だから俺は俺のしたいようにする。
月の明かりに浮かぶヨシュアの表情は辛そうだったから、つかまれた手首をひいてヨシュアの背中に腕を回す。

「明日、いっしょに出掛けないか?」

震えているのは寒さのせいなのか、それとも。
なだめるように背中をなでて、いつでもこいつのことを暖めてやれるのは俺だけだったらいいのに、というくだらない独占欲を覚えながら、ノイズ交じりのヨシュアの返事に耳を澄ませた。





090105