♯ 背景世界
放り上げたボールの行方を追うように、ヨシュアは視線を空に投げて、俺を見た。
薄い唇が動く。
「天使、かな」
逆光にヨシュアの顔が見えない。
俺は目を細めた。
公園ではハトの群れが地面をつついている。平凡な昼の一コマ。ここもシブヤの一部。
ネクとヨシュアが近づくと、ハトはいっせいに飛び立ち風を巻き上げた。
ネクはとっさに腕で顔をかばったがヨシュアは動じなかった。頭上をかすめる羽音に息をつめたネクとは反対に、ただほんの少し目を細めただけで、その場にたたずんでポケットに手を預けていた。頭を後ろに倒し、仰ぐようにハトの飛んで行く先を見つめていた。
ネクが腕を解いたとき、ヨシュアは舞い落ちてくる羽根に手を伸ばしていた。
空間を泳ぐ羽根を白い指先が難なくとらえる。
それは白い羽根だった。
「ねえ、ネク君」
ヨシュアは羽根をくるくると回しながら、背後に立つネクに問いかける。
「ネク君の夢って、何?」
ヨシュアの口元はゆるめられていたが、ネクが知るはずもない。
ただ口調がいつになくやわらかで、表情がなくとも機嫌の良さは伝わってきた。
そうだな。呟いて、ネクは頭の後ろで手を組んで少し体をそらした。
空はどこまでも青く、高い。
白くて大きな雲が流れて陽を隠す。
「今は特にない。CATみたいになりたいって思うけど、それはきっと、夢じゃない」
「ふうん?」
「目標なんだ、きっと」
「差はどこ?」
「さあな。本人の自覚じゃないか?」
「ネク君にしては鋭いね」
「俺にしてはってどういうことだよ」
「別に?」
言葉のあやだよ、とヨシュアは、振り返って笑って見せた。
それは裏も何もない、透き通るような笑いだった。
やわらかい眼差しに射抜かれるような感覚で、ネクはいつになく素直な自分を意識する。
ヨシュアに気を許すつもりはなかったが、戸惑いつつもこの空気を壊すことに抵抗があった。
だって、今日はこんなにも空が青い。
理由にもならないことを思って、ネクは自分を納得させる。
こんなどこにでもあるような平凡な、そのくせ妙に心地良い平和な時間に、意地をはってみせるほうが馬鹿みたいだ。
不思議と凪いだ気持ちで言葉を重ねる。
「昔は、あった気がする。夢とか。今はもう思い出せないけど」
「まあ、昔の夢なんてそんなものだよね」
「お前はどんなんだよ」
「僕?」
「夢。お前にもあるんだろ?」
だから聞いてきたんだろ、と言外に含ませて答えを待つ。
そうだね。おだやかな声がおとされる。
「僕は、」
放り上げたボールの行方を追うように、ヨシュアは視線を空に投げて、ネクを見た。
薄い唇が動く。
「天使、かな」
逆光にヨシュアの顔が見えない。
ネクは目を細めた。
「昔ね、天使になりたかった。白い白い羽が欲しかった。空を泳いで、世界の有様を眺めたかった」
風が吹いて、ヨシュアの髪を揺らしていた。雲は流れてヨシュアが陽射しの中にいた。
ヨシュアは白い羽を手放した。
流されて空の青色に沈んでいく。
絵の中のような目の前の景色に、ネクは目を細めたままだった。
「今は?」
ヨシュアは口元に指をそえて、くすりと笑った。
「忘れちゃった」
背景の空はただ青い。
*
キャットストリートへ向かう途中。
*****
実はヨシュアは書きやすいけどネクは書きづらい。
口調がですね、とらえにくいのです。
キャラとの相性ってあって、ある意味そこがおもしろくもあるのですが。
070927
♯ 彼理論
謝罪を口にしようとするたびに、目のくらむような緊張に脳がしびれる。
気の遠くなるような感覚に溺れて、それをいっそ快いものと受け入れる。
目の前の君はきっと僕のこんな努力を知らない。
僕だっていつも我慢してるよ。
例えば涼しい顔してるからって、涼しいわけじゃないんだから。
「そこのところ、察してくれるとうれしいんだけど」
「何か言ったか?」
「うん?」
気付いてほしいけど気付かせないのは僕の方だと、君の怪訝そうな顔を見るたび思い出す。
それなのに君が僕に背を向けたとたん、やっぱりわかってほしいと願いだすんだ。
本当に手におえない僕自身の感情。
でもこんな暴走、前まではなかったって言ったら君は信じてくれるかな。
変わったんだと今なら認められる。
こんな短期間にと驚く反面、これが変化なのだと理解する。
時間なんて関係ない。
それはいつでも唐突なんだ。
そして背の低い身体で見渡す世界は、可笑しいくらいにまぶしくて、いつも笑いながら目でも細めていないとすぐに焼かれてしまいそうだ。
不思議だね。僕はこの街にいる唯一の理解者に思う。
ポケットに手を預け空を見上げて。
不思議だね。一時はあんなに簡単に切り捨てることを決めた街だ。なのに、愛着がわくなんて。
名残惜しさにいつの間にか絡め取られている。
ただの気まぐれだったゲームにのめりこんでいる。
ゲームは終わってしまうのに。
“サミシイ”なんて、こんな感情、初めて知った気分になる。
不思議だね。
「おい!」
君はようやく僕がついてきてないことに気付いて引き返してきた。
期待したとおりだけど、安心したのは嘘じゃない。
こうやって僕は、君のやさしさに甘えていく。
依存している。
「どうかしたの? 息なんて切らしちゃって」
「なんでついてこないんだよ!」
「あれ? ネク君一人じゃさみしかった?」
「あのな! ひとりじゃノイズとも戦えないだろ!」
「やだなぁ、素直にさみしいって言ってくれればいいのに」
「だから、」
「そしたら」
僕は目を細める。
瞼に焼きついた君が、残像になって僕を縛ってしまわないように。
「僕も、サミシイって言えるのに」
怒った顔も、不機嫌な顔も、今みたいに驚いたような顔も。
見たことないけど泣いた顔とか。あまり見せてくれないけど笑った顔とか。
ぜんぶ全部。
本当は集めて閉じ込めて、真空パックしておけたらいいのに。
そんな下らないことを、本気で考えている自分が滑稽で可愛いと思える。
他に表情を知らなくて、やっぱり笑う。
「うん、ごめんね」
別れの予感に涙は寄せる。
戯れにこぼしてみるのも楽しそうだけど、今はきっとその時ではない。
僕には他にしてみたいことがある。
「行こう」
謝罪を口にしようとするたびに、目のくらむような緊張に脳がしびれる。
気の遠くなるような感覚に溺れて、それをいっそ快いものと受け入れる。
複雑すぎて矛盾する、手におえない感情はひとまず置いておいて、僕は君にてのひらを差し出す。
握ってくれたら腕をひっぱって駆け出そう。
きっと文句を言いながら、繋いだ手ははなさないでいてくれると信じてる。
殺してごめんね。
君に逢いたかったんだ、と告げてみたいと思うけど、今はまだ痺れるような目眩をこらえて微笑んだ。
*****
『背景世界』とほんのり対。
ほんのりすぎる感が否めないけど。
どちらもイメージは『Drawing』という曲でした。
ご存知でしょうか?
070928