♯ それはいつでもお互い様


戦闘を終えてUGに還ってくるとき、そんなはずはないのだが疲労感に襲われる。
何もかもがリセットされるはずなのだが、きっと頭の認識が狂ってしまうのだ。
ネクは両手を両膝に当ててわずかに屈み、大きく息を吐く。
目の前に足だけのヨシュアが見えた。
声は上から降ってくる。

「あれ? さっきまでの強気はどうしたの?」
「……さっきの世界に置いてきた」
「ふうん。まあ、次もよろしくね」

顔をあげればひらひらとヨシュアが手を振っている。
こいつといると、疲れる。余計に。
ネクは盛大にため息を吐く。

「まあ、少し休憩にしようか」

ヨシュアはすたすたと歩き出す。ネクはそれを視線で追う。
建物の影にあった階段に座って、ヨシュアが手招きしている。休みたいのは確かで、意味もなく逆らいたい気持ちを押さえてネクは階段へ向かう。座ったのはヨシュアの一段下だった。
ネクとしてはせめてもの抵抗だったが、ヨシュアはやっぱりね、と笑っただけだった。何がだよと口の中だけで言って、ネクは舌打ちをする。となりに座ってやるのもまっぴらだが行動が読まれてるのも気にくわない。どちらにせよストレスをためる結果しかなくてむなしくなる。なんなんだもう嫌だこいつ。
ヨシュアはそんなネクの心境を知ってか知らずか、マイペースに微笑んで透明な包みの口をネクに差し出した。

「食べる? 甘いものは疲れにいいんだって」
「……知ってる」

包みの中身はクッキーだった。甘い香りがただよう。
何か変なものが入ってないか激しく疑問だったが、ネクは素直に包みから一枚とって食べた。ミルク分の多い薄いクッキーだった。ネクの嫌いな味ではない。ヨシュアもパリパリと食べて、悪くないねと呟いている。ネクはもう一枚手を伸ばす。

「お前これどうしたんだよ。売ってるの見たことないぞ」
「売り物じゃないからじゃない?」
「じゃあどうしたんだよ」
「もらったのさ。羽狛さんに」
「羽狛さん!? じゃあこれ、羽狛さんが作ったのか?」
「そうじゃないの?」
「へぇ……」

先ほどまでの不機嫌な表情から一転、ネクは包みから出したクッキーを眺めて、嬉しそうにかじった。大切そうに咀嚼する。
その様子にヨシュアは眉を寄せたが、あいにくネクは気付かなかった。
ヨシュアは口の中のクッキーを噛み砕きながらぼやく。

「本当にネク君は、羽狛さんのこと、好きだよねぇ」
「ああ。なんたって、あのCATなんだ。俺の唯一尊敬する人だ」
「へーえ?」
「クッキー作るのうまいんだな、さすがだよな、やっぱ」
「……そう?」
「そう! あ、今度会ったらお礼言わなきゃ。今度いつ会えるかな」
「……」

ヨシュアの口調にはあからさまに刺があるのだが、あいにくネクはそれにも気付かない。
ヨシュアは半眼になって、再び伸ばされるネクの腕から逃げるように包みを遠ざける。
ネクがヨシュアを見たのと、ヨシュアが立ち上がるのは同時だった。

「もう、だめ。これは僕がもらったものなんだからね」

もう行くよと言い放ってヨシュアは乱暴な足取りでずんずん階段を上っていく。
あとにはぽかんと、ヨシュアの背中を眺めるだけのネクが残される。

「……なんだ?」

俺何かしたっけな、さすがに食べ過ぎたかなとネクは首をひねりつつも、普段は自分の方が怒ってばかりなのを思い出し、それが今は逆なことに気付き、まあいいかと考えることを止めた。
どうせヨシュアの思考なんかわからないし、たまにはこういうのもいいかもしれない。ざまみろと、思わなくもない。

「“今お前の感じてるものが、何時も俺が抱いてる想いと一緒だよ”」

唐突にひらめいた、いつかどこかで聞いた、あるいは読んだ台詞をくちずさんでみて、ネクはヨシュアの後を追い掛けた。


*****
ネクの羽さん好きは彼にしては異常だと思います。
“あいつ”の情報がもっとほしいよう。
それはともかくちょっとヨシュア君も嫉妬してみるといいよ。

(子供じみた、独占欲)



070904










♯ おいかけっこ


シブヤの雑踏の中を、憤然とネクが歩く。足元を見て、ぶつぶつと何事かをしきりに呟いている。
呟いている内容といえばこうだった。

「なんださっきの死神。条件出したくせに、クリアしたのに、壁解除できないって何様だ。だったら条件なんか出すなよ。そもそもなんだ俺のパートナーは。いやこれもシキのためだ。うん、シキのため。そうじゃなかったら誰があんなやつと。ノリノリで着やがって。なんでそこでワンピース? ズボンも売ってただろ? 何だあいつわけわかんないもう嫌だ。でも、シキのため。うん、そうだそうなんだ。そうじゃなかったら誰があいつなんかと――」
「ネク君、思考が堂々巡りしてるよ?」

後ろから聞こえてきた声にネクはぴたりと足を止める。
そしてゆっくりと、非常にゆっくりと、本当はそこにいるものを見たくなどないように、半目になってゆっくりと振り返る。
そこにはヨシュアが立っていて、いつものように微笑んでいる。
ただしいつもと違うのは、その服装だった。
頭には紫のつばひろの帽子。コサージュがポイントとしてついている。素足にはヒールの低いサンダルをはいていて、こちらにも小さく花の飾り。
そして、淡いピンクのワンピース。胸元をゆるくリボンでしめている。
ヨシュアの動きに合わせて、裾がひらひらと揺れる。
ネクはたっぷりしっかりそんなヨシュアを凝視して、一度目をこすってみて、それでもヨシュアは相変わらずワンピース姿で。
長く長く、息を吐き出した。
目眩がしそうだ。
というかもうしてる気がする。
具合が悪くなりそうで、もう悪くなってる気がする。
これだから顔整ってるやつって、何着ても似合うからだからやだよ。
ネクは心の中でぼやく。

「いやいや、ネク君、今の口に出てるから」
「あー……?」
「ネク君僕のことそう思ってたんだ。うれしいな。……ってそんな目で見られても困るよ」
「……」

ヨシュアを見るネクの目つきは悪い。じとりとにらみつけている。
ヨシュアはかわいらしく小首を傾げて見せる。

「ネク君は何が不満なの? こんなにかわいい子がとなりにいるっていうのに」
「何もかも」
「それじゃわからないよ。まったく、ネク君はわがままだね」
「とにかくとっととその服脱げよ」
「わ、ネク君大胆発言。昼間っからそんな」

ネクは顔を怒りだか何だかで真っ赤にして、かばんから出した服をヨシュアに投げつけた。

「いいから着替えてきなさい!」
「どうしたの。もしかして照れてるの」
「せめてズボンだけでもはきなさい」
「えー。今日一日くらいこれでもいいじゃない。どうせ誰も見てなんだからさ」
「足出して歩くんじゃありません!!」
「ネク君……言葉遣い変だよ。あと言ってることがママみたい」
「ストレスです。お前が着替えない限りはこのままの言葉遣いでいきます」
「それは……おもしろそうだね。僕はそれでいいけど」
「負けません」
「なにに?」
「お前に」
「そう?」

ヨシュア綺麗に微笑んで、ネクに手のひらを差し出す。
その意味がわからずに、嫌そうにネクはヨシュアを見る。

「ネク君。手つなごうか」
「いやです」
「どうせだしさ、サボってデートしようよ」
「ごめんこうむります」
「あとどこかお店入って、ネク君も新しい服買おうよ。ネク君も、もっとフォーマルな格好してみてよ。似合うと思うな」
「断ります」
「スーツなんか着ちゃってさ。そしたらどこかレストランとか行きたいね。デートみたいで素敵じゃない?」
「……」

黙り込んでしまったネクの顔をヨシュアは覗き込む。
だからこいつ嫌だもうやめたいでもだけどこれはシキのためで。
というような、聞いたことのある文句をぶつぶつと、それが気を落ち着かせる呪文であるようにただひたすらに一心に繰り返していた。
やれやれ、とヨシュアは息をつく。
少し調子に乗りすぎてしまったかもしれない。
反省はしないけれど。
だって楽しいのだ。目の前の少年がいちいち怒ったり嫌がったりするのが。
目の前の少年が、自分を“ヨシュア”というひとりの子供と思っているのが。
対等にパートナーとして時間を過ごすのが。

「ネク君が『降参』っていったら、やめてあげてもいいよ」
「誰が……」

ネクはストレスに顔色を悪くしながらも、極力ヨシュアを視界に入れないようにすたすたと歩き出した。

「ねえネク君。ちゃんとエスコートしてよ」

となりを歩くヨシュアが自然な動きで手に指を絡めて、ネクは乱暴に振り払って歩く速度を上げた。

「イジワルだなぁ、もう」

くすくすとヨシュアは楽しそうに笑って、ワンピースの裾をひるがえして追いかけた。


*
例の死神の条件。

*****
いつまもどこかベクトルの合わない二人。
片方が片方を見るときは必ずそっぽを向いてるとか。
追いかけて逃げて追いかけられて逃げられて。
今度はヨシュアの追う番でした。

たまたまじゃないよわざとだよ。



070905