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待ち合わせ
(アナザーデイ?)
弱々しく握られるこの手をどうしたら振りほどけるかについてしばらく悩んでみて、結局、そんなことは出来ないのだという結論を出す。
つくづく甘い、と自分自身にため息をつく。
するときゅ、と手を握る力が強くなる。
心の底が痛む気がするのは気のせいなのかなんなのか。
言葉なんてとうに失くしてしまった。この場合失くしたのは俺ではなくてヨシュアのほうだ。最初っから何を言っても、何を聞いても答えない。ただ勝手に呼び出しておいて、そのくせ何も言わずに視線も合わせようとせずに俺の喉もとのあたりでも見てうつむいていて。
ただその時にだってヨシュアを放っておけなかったのは、いつもは軽薄な色で細められているはずの紫の目が、いつになく不安定に揺れて見えたからだ。
何も言わないまま、不意にてのひらを握られる。
ひどく弱々しい動作だったのにすがりつかれるような錯覚を覚える。
その白い細い手が傷だらけのようにも思えるくらいの弱々しさで、おかげで俺は、握り返すこともしないでただ手をつかまえさせている。
手をつないだまま立ち尽くす男二人、というのは周囲に同見られるのかを少しだけ考えたが、別に誰も気にする様子はない。
この街の温度のない無関心を思い知らされる。
まるで透明人間にでもなった気分、と、つられるようにすこし不安定な感情を抱く。
それでも俺が少しでも身じろぐと、引き止めるように握る力が強くなる。
この手のひらをどうすれば振りほどけるかについてしばらく悩んでみて、結局、そんなことは出来ないのだと思い知らされる。
こんなところにおいてはいけない。
放っておくことなんかどうせ、俺には出来ない。
「なあ、俺は、ここに来ただろ」
それでもこれ以上の沈黙は退屈だから、返事なんか期待しないで、思ったことをただ話す。
「お前が電話したら、俺は、来ただろ」
視線を空に彷徨わせた。ああ、暗いなぁ、とかそんなことしか思わない。
そういえばもう夜なのだ。今だってほんの少し、冷えている。
「何が不安かは知らないけどさ、俺は行くから。きっと。呼ばれればそこに。約束なんか出来ないけどそれでもきっと俺は行くから」
月がかすんでぼやけている。雲でもあるのか、星が見えない。
くらくらする。何もない空。
すう、と冷えてきた空気を吸い込んで。
落ち込んでもいいし、不安になってもいいから。
好きなだけそばにいるし、好きなだけいっしょにいてやるから。
だから、そのうち元気になれよ。
「ずるい、よ」
「うん?」
「ネク君は、ずるい、な」
「どうして」
「そんなこと言われたら僕、ずっと落ち込んでもいられないじゃない」
「好きなだけ落ち込んでろよ。適当につきあってやるから」
「でもそのうち、元気になんなきゃいけないんでしょ」
「不安定なもの見続けてると不安になるだろ。俺を不安にさせるなよ」
「その言い方、ずるいなぁ」
「……かもな」
ヨシュアがゆっくりと、俺を見た。
ふわり、力の抜けたような、泣きそうな笑顔を見せられる。
そっと目を細める。
だから、望まれるままにその頭を、少し乱暴になでてやる。
「抱きしめてほしいな」
「甘えんな」
「ネク君僕のことスキでしょう?」
「自惚れんな」
「じゃあ、嫌いでいいから」
「勘違いするなよ」
「何でもいいから、」
5秒でも、と何かを言いかけたヨシュアの手をようやく振り払う理由を見つける。
自由になった両手を、伸ばして背中に回して。
「やっぱり、5分」
「長い」
「いいでしょ、減るもんじゃないんだし」
「1分に減らすぞ」
「それはイヤだよ」
痙攣するように、それでもくすくすと体に響いた。
おそるおそると確かめるように、俺の背中にも腕がまわる。
ぎゅ、と少し腕に力をこめる。
「やっぱり10分」
「調子にのるなよ」
とくとくと刻まれる心音と繰り返される深呼吸に、コイツはこの背中にどれくらいのものを背負っているのかと一瞬だけ考えをめぐらせる。
腕の中におさまるくらいの小さな背中に。
「俺だから、いいから」
結局どうがんばってみたって、例えば手のひらを離せたとしても、ヨシュアの全てを俺から切り離すことなんか出来ないんだ。
あきらめのようにそう思って、ぼんやりと、心の底が痛む錯覚に目を閉じた。
***
甘えるヨシュア、精神安定剤ネク。
*****
突発的に。
何が出来るわけでもないけど、理由もないけど、でも勝手に、元気になってくれればいいのになと思います。
080702
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忘れないよ忘れないで
花ってここにはないですか。そういった俺の声は硬くって。
変だな。おかしかったのに笑えなかった。
奇妙に感情がこわばっている。
悲しくはないけど緊張している。
石ころでも飲み込んだみたいに、重いし、いちいち引きつるような感じ。変な感じ。
羽狛さんは怪訝そうな顔をしてサングラスの向こうの瞳を軽く見開いた。
何か、説明を、と思う俺の言えない言葉をさらうように、背後から流れるように声。
「そこの裏の通りを歩いてきたんだけどね」
それだけで、羽狛さんには通じたようだった。
羽狛さんは読んでいた新聞を丁寧に四つにたたんで、組んだ足をといて椅子から立ち上がる。
「ちょっと待ってろ」
はさみはさみ、とか呟きながら奥の部屋に言って帰ってきた羽狛さんが手にしていたのは小振りのナイフだ。いやすぐに見つからなくてな、とか、俺もヨシュアも何も言ってないのに言い訳をして今度は店の外へ。
俺とヨシュアとふたり、店の中に取り残されて、俺は何となくその場に立ち尽くす。
ヨシュアはというとさっきまで羽狛さんが読んでいた新聞を広げて眺めて、それからちょいちょいと俺に向かって手招きする。
何となくふらりと近寄れば、ほら、と広げた新聞の一角を指差している。
殺人事件の記事だった。
石ころがより、重たくなる。
「交通事故じゃ、なかったみたいね」
いちいち余計なことを言う、と睨みつけようと思ったけれど、ヨシュアが深刻そうな顔をしているものだからため息を吐いて、そうだな、同意しか出来なかった。
からんからんと控えめな音を立ててドアの鈴が鳴る。
「ほら、こんなもんしかないけどな」
「ありがとうございます」
きっと店先に咲いていた花だ。白くて小さい、名前も知らない花だった。
渡された花は六本だった。歩きながら俺は、三本をヨシュアに渡す。
「ありがと」
俺が摘んだ花でもなかったけれど、うん、と素直に頷いておく。
ここで殺人事件があったのだ。と、意識すればするほど気持ちが沈んでいく。
どうしてだろう。知り合いでも何でもないはずの人だ。
それなのにここを通ったときに、いくつかの花が供えられているのを見たときに、肺の奥のほうに小石を感じて、花を買わないと、急かされるように強く思った。
羽狛さんにもらった白い花をそこに置く。
手を合わせることは俺もヨシュアもしなかった。
ヨシュアは三本のうちの二本を俺の置いた花のとなりに飾り、残りの一本を、手に持ったままくるくると回していた。
「神様はどこに行ったんだろうねぇ」
静かな通りだった。人通りの少ない場所。通り魔という単語が踊る。ころされたのは、男女ふたり。
「悲しいことは許せるけど、理不尽は、嫌いだな」
くるりくるりと白色がまわる。
その様子を何となく眺めていると、ふとヨシュアが俺を見て、ふわり、笑う。
手に持った花を差し出して、笑う。
「悲しくてもいいから、笑って」
ネク君が元気ないと、僕もしおれてしまいそうだよ、と。
どこまでが本音でどこまでが冗談なのか、その境界も見極められずに、差し出される白を受け取った。
日陰のここに、冷たい風が吹いてヨシュアの前髪を揺らす。
「君が忘れないでいてくれるなら、救われる理不尽もあるってことを、忘れないでね」
だから笑って、と。
ヨシュアの注文はいつだって理不尽で難解だと俺は思う。
「そのうち、な」
「うん」
明日にはこの小石はなくなるだろうか。そうしたら俺は笑えるのか。
でもそれは忘れることに近いと思って、どうすればこの感じを覚えたまま笑えるようになれるのだろう、と絶望に似た感情を抱いた。
白い花から視線を転じれば、やっぱりヨシュアは微笑んでいる。
「待ってるからね」
まるで、もう一度風でも吹けば溶けて消えてしまいそうな笑みだった。
*****
配布:アマデウス様
080706