♯ 風もないこんな一日
「ちょっと、ネク君待って」
「は?」
「立ちくらみ……」
「ちょ、だいじょぶかよ!?」
その場に立ち止まったヨシュアに駆け寄れば、うつむいていたヨシュアはネクを見る。
顔色は確かに悪いがその表情は、――笑っている。
「うん、何とか」
だからネクも、笑顔を返してやった。
たぶん他人に見せたことはないだろう完璧な笑顔だったから、ある意味のサービスだ。
「殴っていいか?」
「ちょっと、今もう僕たたかれたよね?」
「もう一発」
「嫌だよ断るよ」
ヨシュアは頭をかばう仕草をする。
ネクはしばらく拳を握ってにこにことしていたが、不意に大きな、肺を空っぽにするほど盛大なため息をついていっしょに表情をおとす。
ついでになんだか力が抜けてしまって、立っていられなくなってしゃがみ込む。
「っそー、……ざっけんな」
「なに、そんなに心配してくれたの?」
「当たり前だ!」
ネクははじかれたように顔を上げる。
「お前、倒れたばっかで!」
「ああ、そういえば、そんなこともあったね。そのときはどうも」
「ふざけんな! あの時俺がどれだけ――」
「じゃあ、今も心配してよ」
「はぁ!?」
まるで猫のように、全身の毛でも逆立てそうな剣幕で聞き返すネクにヨシュアは小さく声をたてて笑った。
「だって、まあ平気といえば平気だけど、それでもちょっとくらくらするのは本当だし。だから心配して、涼しいところにでもエスコートしてよ」
貧血かなぁ、とかヨシュアは呟く。ネクは無言で立ち上がる。ヨシュアの視線がネクを追う。
その顔色は悪いままで、笑ってはいるが、どこか苦しそうでもある。
そして、どこか頼りなさそうな表情をしているのだ。いつもの、余裕たっぷりの態度はどこにいったというのだろう。
ざわざわする。よくわからないけど、ざわざわする。落ち着かない感じ。
今日のヨシュアは、なんか変だ。
「……いや、いつもだ」
「何が?」
ネクは答えず、荒々しく息を吐き出した。がりがりと頭をかく。
ヨシュアを見る。ヨシュアもネクを見ている。昼間の強すぎる陽射しが、くっきりと足元に影を作っている。
風も吹かない、こんな一日。
「……今日だけだぞ」
ネクはヨシュアの手を乱暴に掴んで歩き出す。
急なネクの行動に、ヨシュアは驚いたようだった。息をのむ音。遅れてヨシュアもついてきた。
繋いだ手が汗ばんでくる。今日は蒸し暑い。他人の体温は気持ちが悪い。自分のと違うから、気持ちが悪い。
でも、今ここでヨシュアを掴まえていないと、どこかにいってしまう気がした。
そんなはずはない。この渋谷から出れるはずがない。こんな閉鎖空間。この中で、見失うはずなんてないのに。
「どうしたの、ネク君」
笑いを含んだ声が、ヘッドホン越しに届く。
「今日のネク君は素直だね」
「うっさい」
「いつもこれだけやさしいと僕もうれしいんだけど」
「だまれよ」
「はいはい」
とりあえずサンシャインにでもつれてって、飲み物とかはコイツにおごらせよう、とネクは思う。
繋いだ手を、なるべく意識しないようにしていた。
*
ほんのりと『心配症』の続きかも。
本編の季節は、服装的に夏ごろかと思っているのですがどうなのでしょう。
*****
いつか、自分の前から、いなくなってしまうひと。
070816
♯ 嘘吐き強がり
「ネク君、大丈夫? 死にそうな顔してるよ」
「誰のせいだ、誰の……」
口の中もついでに切ったらしい。しゃべると痛んで血の味がした。思わず顔をしかめる。
俺は道路に倒れていてヨシュアはそれを見下ろしている。身体中が鈍く痛むし、特に背中なんて呼吸の度にひきつる。でも息を止めると苦しくて俺は我慢するしかない。
立ち上がれずに背中を丸めてカッコ悪く転がる俺を、ヨシュアが見ている。逆光になって分からないけどたぶん、ヨシュアは笑ってる。
それがひどく悔しい。
せめてこの腕だけでも動かせたら。そしたら一発殴ってやることも出来るのに。
俺はしゃべるのも精一杯でうめくことしかできない。逆光の中で前髪をいじっているのが影になってわかる。
「別に、助けてなんて言ってないけど?」
そうだ。助けることなんかなかったんだ。
こんなムカつくヤツ。
それなのに俺は、階段でよろめいたを、かばうように抱えていっしょに落ちた。
結果、俺は全身を打ってこうしてうめいてるのに、ヨシュアは平気な顔して俺の腕から抜け出して、楽しげに笑っているのだ。
こんな馬鹿みたいな話あるか?
ふざけんな。
ふざけんな。
馬鹿みたいだ。
ふざけんな。
「だいじょぶかい?」
言って、横に向く俺の顔をのぞきこむようにヨシュアが身を屈めた。それでもいつまでも動けない俺に呆れたのか、ヨシュアはため息をついて側に片膝をついた。腕が、のびてくる。
触んな。唇が動いただけで音にならなかった。体の下に腕が差し入れられて、上体を支えるように抱きかかえられた。動かされると痛くて一瞬息が詰まる。背中には背もたれのようにヨシュアの膝があてられた。仰向けにさせられて、すぐ近くにある顔にたじろぐ。
ヨシュアは心配そうな表情をしているかといえばそうでもなく、かといっていつもの薄笑いでもない。どこか冷たいそれは、きっと無関心に似ていた。
抱えられた、触れられた部分があたたかい。それが気持ち悪くてたまらない。きっとほんのわずかな温度差に酔っているのだ。気持ち悪い。
けれど、頬を気まぐれになでてくる指先は冷たくて。
俺は触るなとうめきながら、その心地良さを受け入れていた。
「どうする? 本気で無理なら羽狛さんでも呼ぼうか」
「……いらない」
そう答えたとき、もちろん羽狛さんにこんな姿を見られたくないという強がりがあった。
でもそれ以外の感情があったことを、俺は知っている。
けどそれは、認めるわけにはいかないから。
「じゃあネク君は、ずっとこのままがいい?」
「ふざけんな。すぐ治る」
「ほんと? 死にそうな顔してるけど」
「すぐ、なおる」
く、と喉の奥で笑ったヨシュアは、相変わらず本当の意味で笑っていない。目が、冷たい。触れてくる指先みたいに。
これはきっとやさしさではない。気まぐれですらないかもしれない。
でもだからこそ、すがりたくなってしまう俺がいたりする。
けれどそれは認めるわけにはいかないから。
「変な顔」
ヨシュアが嘘っぽく笑う。
「ネク君、泣きそうな顔してる」
「痛いんだよ、馬鹿」
「心外だね。僕は助けてなんて言ってないよ」
「言えよ、馬鹿」
「ネク君、言ってることが無茶苦茶だよ」
「知るか」
俺も、薄っぺらい強がりで、この場をなんとかしのごうとする。
*
やさしさは怖い、気まぐれを信じる。
*****
『風もない〜』に似たかもしれませんね。
ヨッシーの本質は、例えばネクを撃ったときに見せた表情の方だと思ってみます。
(こうやって自分設定をいろいろ増やしてく)
ネクを撃ったとき、ヨシュアがガッツポーズした!っていう書き込み見てふきました。
ガッツポーズ! そんなにうれしかったかヨシュア!
(注.きっとバッジ握り直しただけ。でも、顔の凶悪さとあいまってガッツポーズと言えなくもない?)
070817