♯ 甘い話
電話に呼ばれて困ったことになったと淡々と告げられる。早く来てと言われてなんでだよと問えば、気まずい沈黙の後に耳元で騒ぎ始める笑い声がくすぐったい。
用件を言わないとネク君は来てくれないの。
差し出される疑問はなぜだか胸をかき回した。
「ちゃんと用事を言わないと、ネク君は、僕の困ったっていう言葉だけじゃ僕の元には来てくれないの?」
「……そういう問題じゃ、ないだろ」
「じゃあ、どういう問題?」
沈黙は気まずいものだ。それでも、続ける言葉は見つからない。
ため息に乗せて最後にもう一度笑われて、待ってるよとそれだけで終わらせてしまう受話器の向こうの人物に無性に不安になった。
考えること数秒、悩んだのは何分か。そのうちに全てが面倒になって、電子音を垂れ流すケータイをポケットに押し込み走り出す。
指定されたのはいつもの喫茶店。
重ためのドアを押し開ければ、カウンター席でカフェの店長である羽狛さんと何事かを楽しそうに話しているヨシュアの姿。
無言でじっと睨んでいたら、不意に振り返ったヨシュアはそれはそれはうれしそうに微笑んだ。
俺はといえば、用意していたすべての文句をその表情の前になくしてしまった。
だから最後の抵抗とばかりに舌打ちをして、ヨシュアのとなりに座る。
本当に来てくれたんだね、とうれしそうに言うものだから、俺はわざとぶっきらぼうに言う。
「で? 何があったんだよ」
「え? 何のこと?」
「とぼけるなよ。なんだったんだ、さっきの電話」
「ああ、あれね。だってネク君にどうしても会いたくて――」
「帰る」
「待ってよ、もう。ごめんごめん、わかったから」
そうしてヨシュアは、テーブルにおいていた少し大きめな紙袋を俺に手渡してくる。
なんだろう、と覗いてみれば、そこに入っているのは大量のラッピングされた四角い包みだった。
ざっとテーブルの上に広げて並べてみる。大小さまざまで、ざっと数えても10は越えている様に見える。
「おい、もしかしてこれ、」
「何に見える? 当たったら何かひとつ命令を聞いてあげようか?」
「いらないから、そんな賭けは。……チョコレートか?」
「あたり」
ヨシュアが手近にあった包みのひとつに手をのばす。ぺりぺりとやや乱暴な手つきで包装紙をはがし、包まれていた箱を開く。
「あったったご褒美。はい、あーん」
楽しげに差し出されるチョコレートを奪い取って俺は自分で口に放り込む。口の中でそれはじわりととけて甘くなる。じわり、じわり。
「食べさせてあげるのに」
「そんな気遣いはいらない。それに、お前最初っからこれ俺に食べさせるつもりで呼んだんだろ」
「あれ、バレた?」
バレるも何も。コイツが考えたことはだいたいわかった。
チョコレートをもらったはいいけど思った以上に大量だった。一人じゃ食べきれないしそもそもそんなに甘いの好きじゃないし。誰か手伝ってくれる人いないかな。そんなところだろう。
だったら俺じゃなくてビイトでも呼べばいいのに。
「ダメだよ。だって彼、甘いものは得意じゃないからね」
「そうなのか?」
「そうだよ。ちなみに僕はミルクチョコよりビター派だよ。ネク君は?」
「ビターも食べるけどミルクとかホワイトの方が好きだな」
「じゃあ、やっぱり手伝ってよ」
「はいはい」
「で、ネク君はどうだった? 今日はチョコレートもらえたの?」
「心配してもらわなくても、シキとライムからもらったし」
「2つだけ?」
「たくさんあっても困るだろ。今のお前みたいに」
「確かにね」
何が楽しいのかくすくすとヨシュアは笑う。羽狛さんがコーヒーを差し入れてくれて、俺はそれをありがたく飲む。チョコレートの甘さとコーヒーの苦さがちょうどいい。いつも入れている砂糖は、今はいらない。
ヨシュアは同じくコーヒーを差し入れしてくれた羽狛さんに、適当な包みを押し付けている。僕からの気持ちだとかいつもの感謝だとか何とか。どうでもいいけどそれって別の誰かからもらったやつじゃないのだろうか。
羽狛さんは結局困ったように笑いながら、押し付けられたチョコレートを受け取ってカウンターの向こうに帰っていく。ヨシュアがまた新しい包みに手をかける。今日中に全部食べきるつもりなのだろうか。俺も新しい包みを破いて、出てきたチョコレートを口に放り込む。
ヨシュアがちらりと、視線を流して俺を見る。
チョコレートを飲み込んだ口元が綺麗に吊り上る。
「このチョコレート、全部片付いたらキスしてあげる」
「いらない」
「僕からの気持ちだし、いつもの感謝だよ?」
「だったらきちんと自分で用意しろよ」
「じゃあ、これなーんだ」
ことり。俺の目の前に置かれたのは小さな箱。俺はそれを手にとって振ってみる。何かがカタカタという。
「言っておくけど、手作りだからね?」
俺は箱を見て、ヨシュアを見る。
ふと、ひとつの考えが頭をよぎる。
でもそれはあまりに馬鹿馬鹿しくて、なんだか気恥ずかしくて。
「もらっとく」
それだけ言って、俺はチョコレートをまた食べ始める。しばらく俺を見ていたヨシュアも、またチョコレートを食べ始める。
「あまいね」
「あまいな」
「やっぱり最後にキスしてあげるよ」
「やっぱりの意味がわからない」
もらった箱はわきによけておく。これは、家に帰ってから開けてみようと思う。
俺とヨシュアはぽつりぽつりとどうでもいい話をしながらチョコレートを消費していく。
「まあ、もしも来年もたくさんもらえたらよろしくね」
食べきれないほどもらってくるなと返しながら、もしも来年の今日、同じように電話をもらったら、俺はやっぱりコイツの元にいくんだろうなと思った
なあ。お前、本当はどういう用事で俺のこと呼んだんだ?
箱を見て、そんな疑問をチョコレートといっしょに、冷めたコーヒーで飲み干した。
コーヒーは冷めても苦い。
それでも後味は、いつまでたっても甘かった。
*
その後の世界かもしれない。アナザーデーかもしれない。な話再び。
*****
ちょっとやっつけ仕事気味。なんとしてでも間に合わせたかった。
(後で書き直してたらごめんなさい)
ともあれ、ハッピーバレンタイン!
甘い話は好きですか?
080214