♯ いまだ来ない
望まれた役割を果たし未来を差し出すためにはどうすればいいというのだろう。
教えて、と願っても、それを口に出して伝えない限り答えが返ってくることはないのだろう。それこそ、一生。
唐突に背中を向けた相手に、そのまま自分を置いて駆け出していってしまうという一瞬後の場面を透かし見て、自分でも驚くぐらいすばやい動きで相手の手首を掴んだ。
ぱっと相手は当然振り返る。そこには、驚きの他にも信じられないという思いが浮かんでいて、奇妙に愉快な気持ちになる。
相手にこんな表情をさせることが出来たのは、きっと初めてだ。
気分がいい。
何、と半ば呆然と呟く相手に許さないと告げる。
すると相手は体を強張らせ目を見開いた。
自然に口元に残酷な笑みが浮かぶ。
正直なところ、自分が何に対して何を言っているのかを正しく理解してはいない。
ただ思い浮かんだ言葉をそのまま吐いているだけだ。
しかし相手には何か思い当たる節があるらしい。確実に動揺している。
理由はわからなかったが、普段の仕返しが出来ているようで自分はそれをよろこんでいた。
そのまま言葉は口からあふれる。
裏切りを許さない。嘘を許さない。
行くな、どこにも。何もしなくていい。ここにいればいいじゃないか。それでいいじゃないか。
置いてくな。
相手は徐々に追い詰められていく。表情はかげり憂いを帯びる。
いい気味だ、と自分は思っている。
だから止められない。
自分もなぜだか痛みを感じ始めているが、それさえ些細なことだった。
もっと傷付いて見せて欲しい。
僕は、
相手は一度言葉を区切り、開いた唇を一度閉じる。
それからためらうように、繋げる。
僕のするべきことを、するだけだよ。
その弱々しく動いた唇が綺麗で、次の場面で自分は自分の唇を相手のそれに重ねていた。
焦点がぼけるくらいの至近で紫色が揺れる。
相手は片方のてのひらで自分の胸を押している。
でもそれは弱すぎて、抵抗だとしても形だけでしかない。
相手が半歩引くから自分は半歩詰め寄る。
抵抗を示す片方の手首も捕まえ、自分はただ重ね合わせるだけのそれこそ形だけのキスに時間を忘れる。
最初会ったときからうすうす感じていたことがある。
コイツは俺を見てはいない。
その向こうのどこか遠くを見ている。
それがなんなのかはわからないし、それをさみしいと感じている自分自身も理解できなかった。
ただ、コイツは俺に何かを望んでいる。
俺の背中越しに望む未来を描いている。
そのときだけ俺は、コイツが俺を見ているような錯覚を得られる。
皮肉な笑いも達観した物言いも、気まぐれに俺に投げられていた。
「今日のネク君は、何か、変だよ」
相手は両手を突き出して、自分を拒絶している。
胸を押した衝撃が鈍くうずいている。
「どうしたの」
自分は肩をすくめて見せただけで、答えたりはしなかった。
「そんなもん、」
相手がひどくつらそうな顔で、傷付いた表情で突き出した手のひらを見ている。俺を拒絶した手のひらを眺めている。
「俺だって知りたい」
こんなときでもお前は、俺のことを見ないんだな。
望む未来があって、そのために俺が何かできるなら、やってやったっていいんだ。
お前が俺のことを、その目的越しにしか見なくったって、構わないとも思える。
でもそれを俺から聞いてやる気はさらさらない。
だからきっと、一生俺はお前が何を望んでいるのかを知ることはないのだと思う。
一生。
*
40.
*****
メンテ待ちの間に。
(しかも結局翌日までには終わりますってお知らせになっていまた、明日、か…)
071227