♯ NIGHTMARE


口を開けばふざけたことばかり言う。睨みつけたって笑ってばかりいる。
予想以上にムカつくヤツで、必要以上に苛々していた。
でもだからって言って、俺は、本当の意味では本気でアイツのことを嫌ってるわけじゃきっとなかった。
風が舞う。
違和感に頭の芯がうずいた。
目にゴミでも入ったみたいで鈍く痛んだ。
片目を押さえる。
ざあ、とまた、風。
一瞬だけ目を開く。
涙でにじむ世界は光で満ちている。
遠くにぼやける背中に必死に声を投げた。
高く澄み渡る空にかぁんと響く。
響いた側から溶けていく。
晴れた空は高くに太陽を飾るくせに、奇妙に閉塞して感じられる。
違和感が硬く頭の中を転がって刺激してくる。
痛みでまだ開かない視界に遠ざかる背中を見て、もう一度、悲鳴みたいな声を必死に投げた。

「――――」

じわりしみるように痛む瞼をなでられた。

「どうしたの?」

涙でぼやける視界で、逆光になった影が微笑んだ。
焦燥にうわずる唇に触れられる。

「大丈夫、大丈夫だから」

痛みがゆるゆるとひいていって、ようやく俺は目を開けられる。
アイツは俺の唇に触れた人差し指を今度は自分の唇に立てて、ないしょ話のように呟く。

「大丈夫。僕は、いるから」

陽射しは強く、強く、強く、眩しすぎてその分目の前の人物の影は濃くて。
白く輝く世界の中で、アイツは、同じように白いシャツを、ふわふわと髪を、風に散らせてゆらして笑っている。
胸の奥が歪に軋んだ。
くじけそうな気持ちをそれでの奮い立たせて、致命的な一言を、言ってはいけないと知りながら、その一言を口にする。

「嘘だ」

世界は何も変わらなかった。
アイツも何も変わらない。
同じように微笑んでいる。
同じように風はやさしい。

「嘘だ」

もう一度。呟く。
何度も。



この世界に不満はない。
望んだ世界はここにあって、願う限り、この世界は俺のものだ。
わかってる、それくらい。
欲しいなら、願うなら、俺の望みの世界は簡単にこの手の中に。



だけどやっぱり、どうしたって嘘なのだ。



「なあ、俺はお前のことが嫌いだ。ムカつくし、許せない。でも、きっと本気で嫌ってるってわけじゃないんだよ。本気でお前がいなくなればいいなんて、そんなこと、思ったことは一度もないんだ」

手を、のばした。
アイツは動かない。

「だから、なあ、」

焦燥に声が震えた。

「――――」

ざあ、と、風。
ひときわ強く。
強く強く巻き上がる。
名前を呼んで、確かにシャツをつかんだてのひらは空っぽだった。
逆光の人影は跡形もない。
つかんだはずのシャツは触れた瞬間羽根に変わって、白い白い無数の羽根は巻き上がり風に色をつける。
そして後には何も残らない。

「――――」

叫びさえ飲み込んで、高すぎる空に、かぁん、と。





ずっといっしょにいてくれだなんて思わない。第一それってなんだか気持ち悪いだろ。
ただ、そうだ、毎日じゃなくったっていい。たまにでいいんだ。たまに会えればそれでいい。
待ち合わせをしよう。くだらない話をしよう。
友達ができたんだ。みんなでいたい。特別でもなんでもない日常を共有していきたいと、ようやく思えるようになったんだ。
ムカつく冗談にだって付き合ってやるから、今まで我慢してた文句に付き合えよ。
俺はただそんな当たり前みたいな日常をいっしょに過ごしたいだけなんだ。
なのに、どうして、どうしてお前はいないんだよ。



俺はベッドの上で自分の部屋の天井をじっと睨んで、暗い部屋の中でひとりだった。枕もとの時計の針はまだ高いところにある。
カーテンの向こう側は薄闇が広がっている。
白い光も高すぎる空もどこにもない。
ただ夜は黒く、部屋の中を塗り込めている。
毛布を硬く握り込んで顔をうずめれば、うめきひとつこぼれない。

待ち合わせ場所には今日も行く。明日も行く。あさっても。
隣の空白には慣れてしまいそうになるけれども、その空しさを痛みとして感じられるうちは、まだ、何回だって行ってやる。
俺が疲れてあきらめるまで、何回だって行ってやる。

幸福な夢は醒めて悪夢に変わる。

それでもやさしい嘘の世界を俺は何度だって捨ててやる。夢は見るけど選ばない。
俺は何度でも、このままならない現実を選び取って何度だって帰ってくる。
このやさしくない本当の世界でお前を待ち続ける。
かなしい気さえする夢を何度だって捨てて、悪い夢みたいな世界で今日もお前を探す。
今日も明日もあさっても。
俺が擦り減って痛みに慣れてしまうまで。
ずっと。


*
くろ。

*****
つかんだシャツが羽根になって消えるのはちょっとした声優ネタ。
本当は桜。桜の花びらになって空へ。



0712222










♯ Sleeping Beauty


「――――!」

呼ぶ声が、した。
僕は振り返る。
春のような陽気の中に、こちらに駆けてくる君の姿を認めて、僕は膝から崩れ落ちそうなほどの衝撃を覚える。
がつん、と、頭ではない、直接脳を揺さぶられるような、そんな物理的ではない直感的な衝撃だ。
目眩に額を押さえた僕の手のひらは、小さかった。

「置いていくなよ!」

開口一番、君は僕を怒鳴りつける。
その声に、僕は自然と笑んでしまう。

「うん、ごめんね」

君はまだ何かを怒って僕に言っている。
僕はその全てを聞き流して、ただ君が僕に言葉を、感情をぶつけてきている、という状況に微笑む。

「ごめんね」

そうして言うことも尽きたのか、君はふてくされたようにむっとした表情で唇を引き結び、僕の前を歩き出す。
ヘッドフォンをつけ、ポケットに手を突っ込んだその姿に僕は息苦しささえ感じる。
全身が破裂してしまいそうな幸福感を胸いっぱいに吸い込んで、ゆっくりと僕も足を進める。
君の半歩、斜め後ろ。
ここが僕の定位置だったね。
これが僕らの距離感だったね。

「ねえ、――――」

呼ぶと君は、不思議そうな顔をして振り返る。
僕はどんな表情をしているのだろうか。
きっと、変な顔をしているんだ。

「手、つないでもいい?」

降り注ぐ陽射しは春のように柔らかだ。その真ん中で、君は怪訝そうな顔で立ち尽くす。
風が吹いて僕らの間をすり抜ける。
僕は唐突にはかない気持ちになって、自分の言葉を取り消したくなる。

「答えて」

それでも僕は、君の答えを聞かせて欲しい。
たっぷりと時間をかけて、視線をあちこちに投げていた君はようやく、あきらめるように口を開く。

「断る。どうして俺がそんなことしなくちゃいけないんだ?」

予想通りの答えに安堵して、同時に胸の奥が痛くなった。
それは顔には出さないけれど。

「なんだい、減るものでもないでしょう? イジワルだね」

そうしてようやく、ためらいを断ち切って致命的な一言を吐く。

「夢なのに、ままならないね」

目の前の人物は軽く眉を上げて目を見開いた。
それからふと力の抜けた笑みを浮かべて、わざとらしく肩をすくめて見せた。

「なんだ、気付いてたのか」
「自分に嘘は吐けないよ」
「どうかな」

水にこぼしたインクのように、目の前の人物の輪郭がにじんだ。
瞬きを一度。
僕はきっと、目の前の人物と同じ笑みを浮かべているに違いなかった。
魔法は簡単に解けて、僕は自分の弱さを突きつけられる。
望む人の姿は醜い自分に書き換えられる。
この痛みは悔しさと同義かもしれない。
鏡合わせの息苦しさに、僕はひたすらに微笑むしかなくなる。
手をのばせば相手も手をのばす。
頭を傾けて額を合わせた。
手のひらと手のひら、額と額で繋がり合って、互いの瞳に互いを映し僕らは同じ悲しみに酔ってみる。
伝わる体温は無いに等しかった。
あたたかくもなくつめたくもない。
触れているのか離れているのか、それさえもあやふやなこの世界は、どんなに足掻こうとも所詮ただの夢でしかないのだ。
全てが自作自演であり、本当の望みなどありはしない。
ここにいるのは僕ひとりだ。

「あいたい」
「触れたい」
「話をしたい」

「許されたい」

春のような陽射しが色褪せて霞んでしまう。
ゆるりゆるりと侵食するのはどこまでも深い闇のはずだ。
いずれひたひたと足元を浸し、僕の全てを取り込んでしまうに違いない。
そうすればこんな感傷もきっと、簡単に忘れてしまえるのだ。

「でもそれはしたくない」

僕が言ったのか相手が言ったのか。
わからないそれはあやふやなままにして、僕は目を閉じて世界に幕を下ろしてしまう。
本当に欲しいのはただひとつだけ。
それを夢に見ることさえ許せずに、僕は再びまどろみに身を任せる。
今度はこんなくだらない夢なんか見てしまわないように、深い深いところを目指して沈んでいく。
もしも引き上げてくれるなら、それは君の腕がいい。
でもやっぱりそれは許せないから、僕は思考を混濁させることに必死になる。


*
しろ。

*****
前夜の前夜。



071223