♯ 約束
アナザーデイ
「ねぇ、ネク君、見てあれ」
ヨシュアがすと何かを指差すものだから、つられてネクは視線で追った。それはクリスマスカラーに装飾されたイルミネーション。ちらちらと小さな明かりが光っている。赤や緑、それから豆電球そのままの暖色の中にちりばめられた白と青の光が鮮やかで明滅に見入る。
「あれもそうなんだってよ」
すぐ耳元で声。視界の端に白く溶けていく吐息。
ヨシュアはネクのとなりにぴったりと寄り添っていた。いつの間に。いや俺がこれに見入ってる間だろうけど。油断も隙もない。
思いがけず近い顔にたじろいで、調子にのって絡めてくる腕にようやく半歩身を引いて距離をとる。
寒いんだからいいじゃないとぼやくのは当然無視をして、ネクは聞き返す。
「何の話だ?」
「あれ、ネク君知らないの」
「何がだよ」
「CATの作品なんだ、このイルミネーションも」
「本当か!?」
そういえばまわりはひとだかりになっていて、誰もがケータイをイルミネーションに向けている。
ネクは再びイルミネーションを見て呟く。なるほど。
それからふと表情をやわらがせる。笑みともとれるその表情を、ヨシュアも同じようにやわらかく笑んで見守る。なかなか見れないものと知っているから、もう何も言わずにヨシュアはネクを見つめる。
ネクは熱心にイルミネーションを眺めたまま動かなくなる。夜の気温とてぶくろも持たないてのひらが同じ温度になってようやく、深く息を吐き出して呟いた。
「すごい」
その息も白く凍っては大気に溶けていく。
ヨシュアは微笑んだまま、ネクの手を取り自分の手とすりあわせた。
「あーあ。もう、こんなに冷たくしちゃって」
「なっ、それ、お前も同じだろ?」
「ネク君ほどじゃないよ」
そういうヨシュアの手もしみるように冷たくて、ネクは不満げに唇をとがらせた。元から体温低いから、とヨシュアはその不満を平然と受け流す。
「でも、ほら。こうして手を繋いでれば少しはましでしょう?」
悪戯でもするように楽しげに笑う顔にネクはなんとなく文句を言うのも面倒になる。勝手にしろよと言って勝手にすると告げられる。
手を繋いだまま二人はイルミネーションを見る。
「来月のクリスマスまでなんだって、これ」
「もったいないな」
「そう? 季節ものだからいいんだと思うよ」
その理屈にはなんとなく同意できて、そうだな、と頷いた。
二人の視線の先でイルミネーションは明滅を繰り返し、凍みる夜を彩っている。
「ねえネク君、クリスマスの日にまた、いっしょに来ようよ」
つい、と顔を寄せてヨシュアが言った。瞳を覗きこまれネクはまた動けなくなる。
こいつはいつもこうだ。他人に興味なんなかいように笑って、物分かりのいいような態度で線を引いて、そのくせこちらの引いたボーダーを不意に何気ない言動で踏み越えてくる。
そのたびにうろたえて俺は動けなくなる。
ヨシュアの瞳に自分が映り込みそうな錯覚に眩暈がする。
ネクは動揺する心拍を落ち着けるように一度目を閉じ、視線を遮断。
けれど答えは初めから決まっていたように思う。それこそこのイルミネーションを見始めたときから。
踊らされるような不自由さがある。
その中には同時に、くすぐったいような心地良さがある。
瞼をあげれば至近距離に紫の瞳があり、その思いは強くなる。
それが気に食わないくせに、どこか面白がってる自分がいる。
こんなちぐはぐな感情は初めてだ。
「勝手にしろよ」
操られているような気分で唇を動かした。できるだけつまらなそうに聞こえるように言った。
ヨシュアは、それはそれはうれしそうに、笑う。
「勝手にする」
繋いだままのてのひらは相変わらず冷たくて、意味がないと思いつつネクは振りほどけないでいる。
クリスマスもまだお前がここにいればな、と思い付きで言い添えたら、ヨシュアはいやに神妙な表情で、僕も努力はするからね、と言った。
近すぎる瞳が不意に黙り込むのが哀しくて、ネクは、無意識のうちにイルミネーションに視線を移す。
ちらちらとまたたく光が眩しくて、ただぼんやりと、自分は何がこんなに哀しいのかを探してみた。
答えは当分、出そうにない。
*
一種のパロディな気もする。
*****
11月も終わりですね。
9月に続いて、月末アナザー話です。
イルミネーションで12月の街はきらきらしてる。
071130
♯ メルト
音が流れるように響いていく。
瞼の裏の眩しさに何かが透けて見えそうで、大切な何かが映り込みそうで、目を開けるのが惜しかった。
ゆらゆらと思考が彷徨っている。何を考えればいいかわからなくて、何も考えないという安易さに溺れていく。
頭の後ろがあたたかい。そうっと頬に触れられて、慎重に手首を握られた。
「起きてるのか、寝てるのか?」
声が降った。うだうだとまどろむ意識が一瞬にして騒ぎ出した。
知ってる。この声は知っている。
脈が大きく打つ。ふわりと、まるで体の中心に太陽でもあるように熱が灯る。
単純な反応。幼くて正直すぎて思わず笑ってしまうような条件反射。
気持ちがうっとりと微笑んで、でもそれは表情に出ないように制御する。
「寝てるんだよな、そうだよな……」
心配そうな声。どこか残念そうな声。
ごめんね、と心の中で呟いて、僕は目を開かない。
ただ耳をすませて、体は緊張しないように安らいだ呼吸を維持して、ネク君の声を拾っていく。
眠った振りを続けて、心地好さに酔っている。
僕はどうしたんだっけな。
上手く思い出せない。
僕はどうやら寝転んでいるみたい。ネク君が抱きかかえていてくれているみたい。後頭部のあたたかさの理由がわかる。
どうしてこんなところに寝ているのかな。
そんなことはどうでもいい。
ただネクが心配してくれるのが僕にはうれしい。いっしょにいてくれるのがうれしい。
握られた手首からネクの体温が伝う。低体温な自分よりもやや高め。ネクは脈でもはかるように血管を探っている。
しばらくして安心したようなため息。
「早く起きろよ。俺だって疲れてんだから」
ネク君は夜眠っているからいいでしょう。僕は夜もこの街を巡って、いろいろがんばってるんだからね。そこらへん、察してくれてもいいんじゃないかな。
そうか、倒れたんだ、僕は。
さすがに無理しすぎたかな。でも禁断ノイズは強いし、ネク君はまだそこまで強くないしね。ちょっとがんばってみちゃったわけなんだよ。
ネク君は別空間で戦ってたからわかんないだろうけどね。
僕は相変わらず眠った振りを継続中。だってネク君が優しいなんて珍しいことなんだから。疲れてるのも本当だし。今は、思い切り甘えてみたい。
ネク君がもぞりと身じろいだ。体勢が辛くなったのかな。僕を軽く抱えなおして、そのおかげで手首は離されてしまう。ちょっとつまらないかな。
それから、かすかにかすかに、耳をすませてないと気付かないくらい小さな、音。
メロディ。
歌詞は、聞き取れない。言ってないのかもしれない。ただの鼻歌なのかも。
ネク君が小さな声で歌っている。
高くて低い声。かすれたような音。
ねえ、それはなんの歌?
いつもネク君が聴いている曲なの。
だったら教えて。今度、僕にもその歌を聞かせてよ。
君のことが知りたいんだ。
何でもいいよ。誕生日でも血液型でも星座でも。
好きな曲を教えて。いつも聴いてる曲を聞かせて。
たまにはこうして歌ってみせて。
こんな願望は初めてなんだ。
こんな感情は初めてなんだよ。
どうしたらいいのかわからなくて、いつでもネク君をからかうことで誤魔化してしまうけれど。
こうして目を閉じてただ君の側にいると、いろいろと考えてしまう。
考えないようにしていたことに気付いてしまう。
この感情の、名前は何。
教えてくれたのは君なんだから、どうか責任をとって。
名前を教えて。
きらきらとふわふわと曖昧に胸をかきまわすこの感情の名前は、何。
「あんまり、上手ではないんだね」
「ん、……え、はぁ? 聞いてたのか! どこから!?」
「最初っから。全部」
「起きろ、バカ!」
「はいはい」
あ、ひどい。何も突き飛ばすことはないじゃない。
転んだりしたらどうするの。
何かが楽しくてたまらなくて、そのままの気持ちで笑っていたら、顔を真っ赤にしてネク君が怒っている。
「嘘、嘘。上手だったよ」
「バカ!」
ネク君はずんずんと歩き出してしまうから、僕は早足で追いかける。
「起きてるんだったらとっとと起きろよ!」
「疲れるんだもの」
「俺だって同じだよ!」
ネク君の隣を歩く。さっきの歌をこっそり口の中に転がしてみる。
ネク君のてのひらをとって立ち止まらせる。
「君の好きな歌を教えて?」
僕らの時間は短いけれども、その短い時間の中で、僕はネク君のことを知っていきたい。
短い時間だからこそ大事にしたいんだよ。
ゆるりと力を抜いて微笑む。ネク君と視線が合う。
ネク君はため息をついて肩を落として、困ったみたいに笑ってくれた。
「ミッションが終わったらな」
どうか時間が止まってしまえばいい、なんて、きっと叶わないからこそ願える願いだ。
その尊さに気が付くほど、今の僕は愚かだ。
ネク君のせいだよ。
だから、ねえ、ネク君。
いろいろなことを教えてね。
君を再び殺す日までに。
*
BGM:メルト
*****
ヨシュアが乙女なのは仕様。
ではなく、ただ歌に引きずられただけ。
melt、は調べてみるとなかなかに意味深な言葉。
音が綺麗です。
071208