♯ どろり、どろり(ネクとヨシュア)


羽狛さんが何の気まぐれでか、僕とネク君に平等にひとつずつくれたキャラメルが、掌でとけていく。
ネク君は僕の前を歩いて、そのキャラメルを口に含んだ不明瞭な発音で上機嫌に話し続ける。
話題は9割方、CATである羽狛さんのことだ。
変なの。そんなに楽しそうにしちゃってさ。
ネク君よりよっぽど僕の方が羽狛さんのこと、知ってるっていうのにね。
でも次の瞬間、確信は疑問にすりかえられる。
本当かな。僕は、羽狛さんのこと、本当に知ってるっていうのかな。
そして思う。
どうして。羽狛さんなんかより、僕の方が長い時間、ネク君といっしょにいるっていうのに。どうして羽狛さんのことばかり話すの。
これもまた瞬きの間に疑問に変わる。
本当に? 本当に僕は、ネク君といっしょにいれているの?
温くキャラメルがとけていく。
羽狛さんはいったい何を考えてこんなものを持たせたんだろう。甘ったるく喉に絡む、それだけの菓子だ。
僕はこんなもの、別に好きじゃない。
気付くとネク君は立ち止まって僕を見てる。
不思議そうに僕を見ている。
僕は口元を隠すように手で触れて、笑えていないことを知る。
笑わないと。
軽妙さを偽装しないと。
しかし意思とは無関係に無表情が隠せない。
いつもの仮面が今はどうしてか探せない。
何かが苦しい。
それが何だかわからない。
わからない。
僕自身が虚空に溶けていく。





その方が、楽かも知れない。





「おい!」
「何。痛いよ」
「お前、だいじょぶかよ」
「何が」
「わかんないけど。でも、何か危ない気がする」
「何が、」
「俺が知るかよ。お前のことだろ?でもなんか、だいじょぶじゃない顔してるだ
ろ」
「僕は、……」
「……いいから」



手首がつかまれる。そっちの手にはキャラメルがある。温い。べとつく。痛い。いたい。
ネク君、もう少しやさしくしてよ。
浮かんだのに言葉は音を伴わない。浮かんだそばから沈んでく。
なんで言ってしまえない。
なんで僕はこんなところで立ち止まってる。
なんで流してしまえないんだ。

僕は何を求めてる?

道の端に座れそうな段を見つけて、肩を押されて座らされる。
僕は僕をつかまえられずに途方にくれる。
こんなの初めてだ。
どうしたらいい。



「ねえ」
「うん?」
「キスして」
「はあ?」
「ごめん」



忘れて、という囁きは服に吸い込まれた。
判断が何秒も遅れてやってくる。
ネク君が僕を抱きしめている。
僕はネク君に抱きしめられている。
満たされるようで、満たされたそばから飢えていく。
僕は動けないまま、背中に腕を回して抱きしめたいと考えている。
僕は動けないまま。腕をぶら下げたまま。
僕より高い体温が押しつけられている。この状況を甘受する。
このままこの体温に溺れて、そして死んでしまえればいいとまで考えている。

「勘違いするなよ。ただ、シキが、どうしようもなく辛いときってのはあるって
言ったから」
「……」
「そのときは、手をつないでくれたり、すると、なおるって言ってたから。だから」
「うん」

僕は今なぐさめられているのか。
こんなにも小さな子供に。
そう思うと、ようやく、笑えた。

「今日のネク君はやさしいね」
「お前に比べれば誰だってやさしいに決まってる」
「僕以上の博愛の人なんて見たことないけどね」
「見ようとしてないだけじゃないか?」
「僕だって頑張ってるのにね」
「どうだか」

ぽんぽんと背中を軽く叩いてなでられる。

「なんとなくは、わかってるけど」

僕にはネク君しかいないんだ。
僕にはネク君と羽狛さんしかいない。
浮かんだけど、言葉は音を伴わず、胸に沈めて苦しくなった。





僕は今、必死に苦しいフリをして、なぐさめられたいのかも知れない。





掌で甘ったるいだけの菓子が溶けている。
僕は今、甘ったるい空気に溺れて消えてしまいたいと願ってる。


*****
マンネリもネタかぶりも気にすることないって有名な劇作家が言ってました。心強いですね!
そういえば雨宮は芝居的な物語を目指していたりもします。
一時期演劇してたもので。野田さんや鴻上さんの物語の展開には憧れる部分が多いです。

ヨシュアはどこかで自分も世界もあきらめている気がします。



071011










♯ せかい。
*いろいろ注意
*ほのかに暗め





僕らの世界は、きっと初めから閉じていた。





おはよう、と言う囁きで始まる朝の時間。
昼はこんにちは、夜はこんばんは。
そして一日はおやすみで終わる。
僕が作る。
時間だったら僕が作る。
それがこの世界のルールだからだ。
ネク君に出来るのはただ――受け入れること、だけ。



タネ明かしなんてしたところで何の意味も持たないよ。けど、それでネク君が満足するなら、まあ、いいや。話してあげる。
かわりにちゃんと聞くんだよ?
いいかい。この世界は僕の世界だ。僕が作って、君の存在だけを許容した小さな世界。まわりに景色なんてないでしょう?白一色。つまり、こういうことさ。僕が天国と名付ければここは天国になるよ。僕が地獄と名付ければここは地獄になるよ。どうとでもできるんだ。僕なら。だってここは僕の世界。僕だけの世界。
ネク君は特別だよ。ネク君だけは、ここにいてもいいよ。
かわりに、すべて受け入れてね。

僕は君が好きだよ。





ネクは瞼を閉じたまま動こうとはしない。ヨシュアは自分の膝にのせたネクの頭を愛しそうに撫でている。
口元は優しく弛み、目元は幸せに細められている。
閉ざされたネクの唇に小指で触れる。そうだ、赤い糸で繋いでみよう、とヨシュアは微笑む。
幸せだった。
本当に幸せだった。
誰も邪魔しない。
誰も彼を奪わない。
誰にも彼を損なわせないし壊させない。
本当に、死んでしまいたいほどに、幸せだった。





ヨシュアはネクを見て、白一色の世界に視線を転じる。
しろくひろがるせかいを一秒の注視で瞼に焼き付け、そして再びネクを見る。
それでも足りずに、一秒の注視は繰り返される。
視界の端を塗り潰すあかいろを消そうと、何度も、何度も。

「ネク君、朝だよ」

沸き上がる不安に急かされて名前を呼ぶ。
幸せだ。
その確信にひびが入らないように、大切にネクを抱き寄せる。
例え彼の青い瞳が、二度と自分を見ないとしても。
その瞼は、唇は、もう、二度と動かないとしても。
幸せだった。
どうしようもなく。



この閉じた世界の中で僕らの世界は、きっと初めから壊れていた。

「ネク君、おはよう」

掌で包み込んだ頬に体温はなくて、ぽつり、水滴がひとつせかいを揺らした。




*
一種のパロディな気もする。

***
↓以下、気分で無意味に反転。

ぞくに言う死ネタってやつでした。
伝わらなかったら単純に自分の力不足ですね。精進します!
でも、こういう話書くの好きなんですよ。



071113