♯ 参加者会議
(ネクとシキとビイトとライム、)
何となくかけていたニュースの延長で天気予報を見てたときに、インターホンが鳴り響く。
今家には俺しかいない、と思い出して、億劫だったけれども玄関に向かう。
相手はなぜかこんな夜中にカサと竹の枝を携えているような変わり者だった。
「今ヒマだろ? いっしょに来いよ」
「何でヒマってわかるんだよ。いっしょにってどこにだよ」
「こんばんわ」
いつもどおり唐突過ぎるビイトとは対照的に、礼儀正しく挨拶をしたライムをちょっとは見習うべきだと思いつつ、俺もこんばんわを返す。
「じゃあ先行ってるからな!」
「だからちゃんと説明してけよ!!」
ビイトが持っているのは竹の枝、といってもビイトの身長くらいはある長いものだ。どこから調達してきたのかが激しく気になる。それを難なく抱えて笹の葉をざらざら鳴らしながらさっさとビイトはどこかへ行ってしまう。
「あのね、今日、七夕でしょう?」
取り残されたライムが困ったように笑ってビイトの走っていったほうを見てから、俺に話す。
「だからみんなで集まろうって。ネク君も来るよね?」
そうライムは笑って、ワイルドキャットに行ってるから、とビイト行った方へかけていく。
「……ワイルドキャットぉ?」
今はもう、閉まっているはずの店だった。
俺はちょっと悩んでから部屋に戻り、ラフな部屋着から一応外出用のそれなりにちゃんとした服を着て(といってもいつものコーディネートだけど)、ヘッドフォンを首からさげて、外に出た。
何の因果か今日、親は残業で帰りが遅い。
しっかり戸締りだけは確認して電気も消して、雨の中カサをさして出かける。
親がくれた少し多めの食事代でハンバーガーとかポテトとか、そんなものを買い込んでからワイルドキャットに行った。
「ネク、こっちこっち」
シキが手招きしているから、開けてくれたドアから店の中に入る。
空っぽの店内には明かりもなくて、誰が持ってきたのか懐中電灯が付けっぱなしで転がっていた。
カサは入り口のところに倒しておく。
「どうやって入ったんだ?」
「普通に、鍵空いてたし」
「へぇ」
なんだか避難訓練みたいだね、とシキがうれしそうに笑う。残念ながら俺にはこんな避難訓練の経験なんかないけど、何となく言いたいことはわかった。
部屋の片隅にはさっきビイトが持ってた竹が適当に立てかけてある。ビイトとライムは部屋の真ん中で、床にじかに座ってのんきにお茶なんか飲んでいた。
「遅いぞネク」
「お前が早いんだよ」
「ネクも何か飲む? 紅茶しかないけど」
シキが水筒に入ったお茶を紙コップにいれてくれる。俺もその輪に加わって、買ってきたハンバーガーとかを広げる。気が利くなとビイトが笑って、食べ過ぎちゃだめだよとライムがたしなめる。
「で、これは何の集まりだ?」
「え? 聞いてない? みんなで七夕なんだけど」
「いや、それは聞いたけど」
「こういうの、ちょっと楽しくない? 雨なのが残念なんだけど」
今夜中に晴れてくれないかなぁ、とシキは窓ガラスの向こうを見つめる。
俺は紙コップの中の紅茶を飲みながら、まあ、そういうのはわからなくもないな、と心の中だけで思う。
夜に、こっそりと友達だけで。
イレギュラーな出来事は何となく楽しい。
私お菓子作ってきたんだ、とシキの差し出すクッキーをかじる。甘さが控えめでうまかった。
となりではビイトがナゲットを喉につまらせてライムに背中をたたかれていて、思わずシキといっしょに笑ったら怒られた。
「ってことで、七夕なので、短冊です!」
じゃーん、とシキの差し出す細長い紙を見て、そういえばこのイベントの発案者は誰なのか、今さらながらに知らないことに気付いた。
まあ、この様子だったらシキっぽいけど。
苦笑しながら青い紙切れとペンを受け取る。
願い事。
見つめた窓の外はきっとまだ曇り空で天の川なんて見えないんだ。
懐中電灯ひとつの暗い店内は手元が見えづらくて、文字を書くのも大変だった。
せーの、で短冊を見せ合う。
それからみんなで顔を見合わせて、何となく、みんなで笑い出す。
「変なのー。みんなおんなじこと書いてる。やっぱり私たち気が合うんだね」
「うわー、違うこと書いとけば良かったぜ」
「ビイトってやさしいよね」
「ち、ちっげーよ!」
「お兄ちゃんね、たまに今すれちがったヤツそうじゃないか、ってボクに聞いてくるんだ。僕まだ会ったことないからわかんない、って言ってるのに」
「あっちょ、言うなよ!」
「ほんと、ビイトってやさしいよね」
「ありがとう」
「うわこらネク! そういうこというなって!」
「お兄ちゃん照れてるんだよ」
「え、それ私もわかる」
「俺も」
「やめろって!」
笑い声が重なりあう。
体の奥のほうがくすぐったくて、我慢できなくて、あったかくって。
笑い合う。
懐中電灯だけが天井を照らして、お互いの表情もあやふやな暗闇の中できっと同じ気持ちで笑い合う。
「叶うといいね」
「うん」
「叶うだろ。みんないっしょなんだぜ?」
「あとは晴れるといいんだけど」
「叶う気がする」
みんなでいろいろ話しながら、ポテトやお菓子や紅茶で時間を過ごす。
『ヨシュアにまた会えるように』
『ヨシュア君に会いたいです』
『ネクが友達に合えるように』
『桐生君に会えますように』
「あれ、雨、止んだかも」
「マジか!?」
「外出てみる?」
「あ、笹持ってかなきゃ」
「ていうかこんなに大きいのに、吊るすの短冊四枚ってなんかさみしいな」
「いいのいいの、少数精鋭なの!」
「それなんか意味違う……」
「いいからいいから!」
「あ、やっぱり雨止んでるよ」
「晴れてんじゃないのか? 星見えるぜ!」
「ほんとにー?」
「早く来いよ!」
「ああ、」
今行く、言って、外に出る。
音がしそうなくらいにじゃらじゃらと星を流す天の川だった。
ほうけたように四人で空を見上げて、ため息を吐く。
「雨上がりの空ってきれいだね」
「だな」
「なんだか透きとおってるよね」
「そうだな」
短冊吊るそうぜ、とビイトが言って、さっそく一番高いところに紐をくくった。
シキもライムも、そして俺も、それぞれの場所に紐を結ぶ。
「叶うといいね」
「うん」
じゃらじゃらとした星の下で、笹の葉といっしょに短冊がちらちらと揺れていた。
*
楽しいのに何となくさみしくなるのは何でだろう。
それは星が綺麗過ぎるから。
となりの空白が恋しくなるから。
070707
♯ Worlds end(ネク、シキ、ヨシュア、ビイト)
「あ、」呟きに似たため息をこぼしてシキが空を指差す。「飛行機雲」
つられるように視線を転じれば、目に痛いほどの陽射し、その眩しさのせいでむしろ暗く見えるような空を横切る白いライン。
ふわりと地上に風が舞い込む、けれども上空高いところ、白いラインは揺るぎもせずに暗く見える眩しい空を切り分けている。
「なんだか、願い事でもとなえると叶いそうな気がしない? 流れ星みたいな」
「そんな話聞いたことないぞ」
「私だって聞いたことないよ。でも、そういうことになればいいって思わない?」
せっかく見つけたんだしね、笑って、無事に生き返れますように! とシキは胸の前で手を組んだ。
無邪気なしぐさに特に何も思うことはない。ただ、そういった素直さは、自分にはないものだという認識だけを抱く。
ふたりしてまるで流れ星でも見上げるように白いラインを見上げている。
それでもふと、シキがうつむく。
「叶ったら、いいのにね」
うつむいた顔に影が落ちている。一瞬だけ悲しそうに見えた横顔に違和を覚えて、だけれどネクは黙っている。
いちいち追求するような仲ではない。
思って、瞬きひとつで全てを自分から切り離そうとする。
無事に生き返れますように。
そう、口に出して言葉に出来るシキが、一瞬だけうらやましく思った。
どうがんばっても、生き返るということに積極的な意味を見つけられない自分に一瞬苛立った。
その全てを、次の瞬間には切り離そうと努力する。
「行くぞ」
「うん」
こくり、頷いたシキはいつもの自然な笑顔だ。
その笑顔も自分にはないものに違いない、と思いながら、手のひらを見て残り時間を確認した。
すい、とヨシュアの手を離れた紙飛行機があまりにも簡単に風に乗り、そしてあんまりにも綺麗に直線を描いて飛んで見せるものだから、馬鹿みたいにみとれてしまった。
ヨシュアは公園のベンチに土足で立って片手はポケットの中、片手は紙飛行機を放った時のままに丁寧に指がそろえてのばされている。
その指が指し示すものを見付けようとしたけれど、ゆっくり滑空していく紙飛行機しか見えなかった。
ネクは少しだけ伸ばした背中をまただらしなくベンチの背もたれに預けて手のひらで目元を陽射しからかばう。
空が高くて陽射しがきつい。夏は暑くてあまり好きにはなれない。
思考が散漫に揺らいでいる。
「あづ、」
「ネク君ミッションミッションって言わないね。サボる気になった?」
「違うだろ」
ミッションは元から来ていない。今日はまだだ。ただコイツに騙されて走らされて、今は休憩中なだけだ。
なんだかイライラするのも面倒な陽射しだった。ヨシュアはようやくベンチから降りて、かといって座りはせずにポケットからケータイをひっぱりだしていじりはじめた。さっき羽狛さんに預けたケータイだ。
何かを探すための機能がついたようだったが、聞いたところでヨシュアが教えてくれるわけもなく、苛立ちながらも諦めてしまった。
たしかに、見つかればわかるのだろう。その程度の苛立ちはしばらく忘れるに限る。ヨシュアとつきあっていくためのテクニックのひとつだ。下らないことを覚えさせられた、とは思っている。
「さて、ネク君に質問。さっきの紙飛行機はどこへ行ったでしょう?」
「どこって」
その辺に落ちてるだろう、と言うと、くすくすと笑いながらロマンがないねと返された。自然、ネクの眉間にしわが寄る。
その不機嫌な表情にますますヨシュアは楽しそうに笑う。
「紙飛行機はね、世界の果てに行ったんだよ」
「はあ?」
「自由だからね、彼らは。どんな世界の果てにだって旅できるんだよ」
「何の話だよ、それ」
「何の話だと思う?」
「俺が聞いてるんだよ」
「僕だって聞いてるよ」
くすくす、笑い声が煩わしい。
「俺は、そういう禅問答みたいな会話は嫌いだ」
「わ、ネク君、ずいぶん難しい言葉知ってるね。感心感心」
「茶化すなよ」
「褒めてるんだよ」
ネクは一瞬息を止めて、感情をコントロールしようと目をつむる。
全てのものを切り離す。自分から綺麗に切り離す。
今まではうまく出来ていたそのことが、なぜだかこのごろ、うまくいかない。
諦めて乱暴に息を吐き、立ち上がる。
「何か探すんだろ。とっとと行くぞ」
これだったらまだ動き回っていた方が気もまぎれると、ネクはヨシュアを待たずに歩き出す。
「僕らはどこにだって行けるんだよ」
声だけが背中に投げられる。
「ネク君は、そしたらどこ行きたい? 世界の果て?」
「どこにも」
振り向きもせずに答えた。
「俺はここが一番いい」
足音がひとつ、駆け寄ってくる。
「じゃあ、僕も、ここにいよう」
公園から出る途中で見てみたけれども、紙飛行機はどこにも落ちてはいなかった。
「世界の果て、ってなんだと思う?」
「はあ?」
聞いたら聞き返されてしまって、まああまりにも唐突だったかなと反省してネクは何となく前髪を引っ張ってみる。
「いや、そういえば前のゲームのパートナーがさ、そんなこと言ってたなって」
ヨシュアの指先を離れていった紙飛行機の飛び方はまだ覚えていた。すべるように真っ直ぐ飛んでいた。その直線性に飛行機雲を思い出す。
空を見上げる。相変わらず眩しすぎる陽射し、暗く見えるような空。
紙飛行機も飛行機雲も、雲だってない空っぽの空。
「世界の果てって、ここじゃないのか?」
期待してなかった答えは意外なものだった。驚いて思わず顔を見つめると、ビイトは真面目な顔でネクを見ていた。
何かを考えていることを表してか、やや眉を寄せて腕を組んでいる。
「なんかさー、うまく説明できねェけど。でも世界って丸だろ。どこだって中心だし、どこだって端っこなんじゃねぇの?」
しかし考えることに疲れたのか、それだけ言うとビイトはだぁぁとうめいて頭を抱えた。
「うおー、頭ん中がぐるぐるする」
「だいじょぶかよ」
「お前が変なこというからだろ」
それでも、ただ思いついただけの発言を、真剣に考えてくれたのだというそれだけで何となく口元がゆるんだ。
「そういえばシキが、飛行機雲が流れ星みたいだって言ってたな。で、何か願い事してた」
「へえ。なんかの噂か何かか?」
「いや、その場でシキが思いついた話」
「あー、でも、何となくわかる気ィすんな」
飛行機雲ねェかな、とビイトが空を見回し始める。
確かになかなか見ないものだから、見つけるとうれしい気持ちはわかる。
「ないなー」
「明日は見つかるかもな」
「そうだよな。じゃあ、明日にかけるか」
明日が無事にくればだけど、思って、ネクは言わなかった。
今日スクランブル交差点で目覚めたとき、うっすらとビイトの指先が消えたのを見た。
それでもそのビイトが明日にかけると言っている。
自分も、明日を信じようと思って、笑った。
「やっぱ、お前ってすごいよな」
「あ? なにが?」
「なんか、いろいろ」
「そうかァ?」
俺はこんなゲームを3回も続けてるお前の方がすごいと思うけど、言われて、そういえばそうかもしれないと思ってしまいなんだか笑えた。
でもなにがあっても、これで最後だ。
それならどうにかして勝ってやりたい。ここまできて負けるのはすごく悔しい。
よし、と心の中で気合を入れて、ビイトを見る。
「じゃ、行くか」
「おう」
ビイトも軽く笑って、応える。
眩しくて暗い空には何もないけれど、なんだか明日になればきっと、白いラインが見つけられるような気がしている。
そしてそれは出来ることならビイトとシキと、そしていなくなってしまったヨシュアとライム、みんなで見られたらいいと思っている。
*****
曲を聞いて居ても立ってもいられずに。
『まるで流れ星にするように僕らは見上げてた』
『思い思いの願いをその翼に重ねて』
『何に縛られるでもなく僕らはどこへでも行ける』
『そうどんな世界の果てへも気ままに旅して回って』
『僕らはきっと試されてる』
『どれくらいの強さで明日を信じていけるのかを』
『何にも縛られちゃいない』
『だけど僕ら繋がっているんだ』
聴いているともうなんだかたまらなくなります。
特に最後ふたつ。好きカプにはこんな関係でいてほしい。
080712