♯ 数少ないけど確かなことを(ライムとビイト)


ライムはえりもとを指でつまんでぱさぱさとゆらし、服の中に風を入れていた。
何となくその様子を見つめてしまったことにビイトは、ライムに不思議そうに見返されて初めて気付く。ぎくりと一瞬体が緊張させて、ぎこちなく目をそらした。
どうしたの。笑われて、なんでもないとぶっきらぼうに返す。
暑い。鼻の下にたまった汗をぬぐった。とどまることのない人ごみを眺めてみる。ライムも同じように雑踏を真っ直ぐに眺めている。
しばらく何も言わない、何も考えない時間が流れる。
先に口を開いたのはライムだった。

「あっついね。どこか、海とか、行きたいね」

海、と聞いてビイトが思い出したのはまだ小さかった頃の家族旅行だった。
確かまだ自分もライムも小学生だった。車で知らない町へ。そこの海へ。
けれど、いっしょに海に行ったことを覚えているのは自分だけなのだ。
ライムの記憶の中に、自分はいない。
どこにも。

「どうしたの?」
「……なんでもねぇよ」

ライムは何か言いたげにビイトを見ていた。視線をビイトは感じて、ライムのほうは向かなかった。ただ人ごみをぼんやりと眺めている。ぼんやりと眺めているように装っている。ライムは結局何も言わずに、あきらめたようにうつむいた。
ビイトは知らずに唇を噛む。
いらいらした。いらいらして、どうしようもなくいらいらして、そして同じくらい悲しかった。
謝りたい、と思った。何についてだかはわからない。
叫びだしたい衝動がぐるぐると渦巻いて、別の場所ではそのまま泣いてしまいたいと訴えていた。
同じ強さでライムに謝れと責め立てられる。
どうすればいいかわからなくなる。
感情の強さに気が遠くなりそうだった。
ライムは視界の隅っこでうつむいている。先ほどまでぱたぱたとあおいでいた胸元で、銀色が太陽を弾いて光った。
目を刺すような痛みを生んだその光に、急に感情が騒ぐのをやめた。
目が覚めた直前のような虚脱感。ふと全てがあいまいになる。
まるで何もかもが夢の中のような。
無意識にビイトはライムの手を握った。ライムはぱっと顔をあげてビイトを見た。
ビイトを見て、ふわりと微笑んだ。

「……どうしたの?」
「え?」
「今日のビイトは、ちょっと変」
「……」
「でもね、」

ライムはもう片方の手を、ビイトの手の上に両手で包み込むようにしてそえた。

「ボクは、ここにいるよ」

ビイトは凍りついたように、ライムを見つめることしか出来なかった。
ライムの記憶の中に自分はいない。これは絶対だ。
けれど。

「今、ビイトの目の前に、ボクはいるよ」

確信を持って告げるライムに、やはりビイトは唇を噛んで、うれしいような悲しいような、叫びたいような泣き出したいような、わけのわからない感情にただたえていた。


*
いなくなる前に。

*****
ボクはキミに伝えるから。

(海の話題とその他の話)



070831










♯ 日向日和(ネクとシキ)
(アナザーデイな学パロ)


そろり、と伸ばした指先を何の予備動作もなくつかまれて、シキの呼吸が跳ねた。

「ひゃっ! え、あれ?」
「ん、……なんだ、シキか」
「え、えー? 起きてたの? いつから?」
「はじめから」

べつに、寝てないし。
呟きながらネクは、のんびりと寝転んでいた体を起こして大きくのびをした。四面をくるりと巡る柵を眺めて、その向こうの空を見て。
嘘臭いほどに晴れ渡る青に、かすかに苦笑。
シキはびっくりした、と心臓の辺りを押さえながら、ぺたりとネクのとなりに座った。近くもなく遠くもなく。
緩く吹いた風が二人の短い髪を揺らす。

「で、」
「え?」
「何しようとしてたんだ」
「え? えーと、えーと、」
「嘘、つくなよ」
「つかないよ!」

ちらりと見た時計の針はまだ頂点を指さない。ここからは見えない下の方、校庭から声がする。クラスの男子の間でサッカーが流行っているから、たまに誘われてはネクも混じらないこともない。

「あの、ね」

シキは真っ直ぐにネクを見ている。その視線を横顔で受け止めてネクは、昼間の陽射しを甘受しながら、ひたすらだらけた意識を連続させる。
シキがどこか緊張した表情で言う。

「あの、ちょっとそのヘッドホン貸してほしいなーって」
「却下」
「ええー、」

ちらりと見た時計はまだまだ頂点に届きそうになかった。シキはがっくりと肩を落としている。
ひたすらだらだらとした気分でネクはプレイヤーをいじる。いま歌っている女性ボーカルの声が高く響く。悲しかったり楽しかったり、ころころと表情を変えて曲は続いていく。
ヘッドホンを外してシキの名前を呼んだ。
シキがこちらを向いたのを確認してヘッドホンを放る。

「わわわっ」

あたふたと危ない手つきでそれでもシキはヘッドホンを捕まえて、慌てて抱えこんだ。
ネクはまたごろりと仰向けに寝転がる。
風にさらされる耳元が心地好くてくすぐったかった。

「昼休み、終わるまでな」

シキの顔は見えない。けれどうなずく声が弾んでいて、笑ってんのかな、と何となく思った。
シキはヘッドホンをかぶる。耳に当てると、ふわりと音楽が広がっていく。目をつむればそれはもっと鮮明だ。
ありがと、と歌にのせて呟いた。
ネクはそれを聞きながら、目を閉じて瞼に陽射しを透かし見た。

*****
学パロ、好きです。



080530