♯ かのじょのぬいぐるみ(ネクとシキ)
ちょっと預かっててとシキはネクにぬいぐるみを押し付けて店に入っていった。
ここは104で、シキが入っていったのはD+B。
どうせ店の外で待っているつもりだったとはいえ、急にぬいぐるみを押し付けられていい気がするはずもなく。
ぶすっとした表情でネクがぬいぐるみを見ていると、ぬいぐるみが一度、大きく震えた。
思わず取り落とす。
床にたたきつけられるかと思ったそれは、けれど空中で身をひねってきちんと足から着地。おまけにどこかの店から流れてくる曲に合わせてステップを踏み始める始末。
ネクはなんとなくしゃがみこんで楽しげに揺れるぬいぐるみを見つめる。
「……本当に大丈夫か、このブタ」
呟いたら、しっぽをつついていた手をひっかかれた。
どうやらブタと言われたのが気に入らなかったらしい。
ファイティングポーズをとられてネクはあわてる。
「なんだ、えっと、ニャンタン?」
すると今度は、ぬいぐるみは腰に手を当ててふんぞり返りうんうんと鷹揚にうなずく。よくわからないがえらそうだ。かちんときて大人げないとわかりつつネクはぬいぐるみをはたいた。ぬいぐるみは見事に顔から床へダイブ。
ゆらり、と立ち上がったぬいぐるみの目が光った。気がした。
「ちょっと、何やってるの!」
むこうから手を出してきたとはいえ、いつの間にかネクは本気でぬいぐるみと殴り合いをしていて、そのことにシキに声をかけられてようやく気付き急に冷静になる。
ぬいぐるみ相手に本気になったのと、それを見られて恥ずかしいのとで何も言えなくなる。
ぬいぐるみはといえばすました顔でシキに抱きかかえられている。
「もう、ニャンタンと何してたの?」
「……」
言えるはずがないのだ。ぬいぐるみとケンカしてた、なんて。
「……ほら、行くぞ」
沈黙がいたたまれなくてネクは、シキが肩にかけていた大きな紙袋を全部奪うようにして持って104の外を目指す。
いつもとは違うネクの行動にシキは驚いたようで、ネクが振り返るとシキはぬいぐるみをパペットにしてしゃべりかけてきた。
「今日のネク君は、変なネク君ですねぇ!」
ネクにはそれがまるで本当にぬいぐるみ自身が言っているように聞こえて、脱力感にがっくりと肩を落とした。
*
ある意味、買い物日和
*****
ニャンタンがいっつもニャンタソに見える……(おかしいな)。
お前のその無駄に高いテンションは服のせいか!
的なネクの発言はお気に入りです(台詞うろ覚えです適当です)。
070822
♯ 壁の上(ネクとシキ)
ネクの肩の高さくらいある壁の上にのぼって、そこをシキは歩いている。足場は細い。軽く両腕を広げて、シキはバランスをとっている。足元ばかり見ている。
それは並んで歩くネクも同じだった。転がっていた空き缶を蹴飛ばしてみる。予想以上に大きな音を立てて転がっていく。何となく首をすくめた。
「海に、行きたいな」
音に促されるようにシキが呟いた。何か言おうかとネクは口を開いたが、思いつかずにそのまま黙り込んだ。シキはその様子に淡く笑って、かまわずに話し続けた。
「これってね、ほんとはエリのクセなの。ほら、海ってこれくらいの高さの壁ってよくあるでしょ? そこをね、歩くのが好きなんだって。ちょっと高い位置から海を見たいんだって。私はね、そんなエリを、下から眺めてるの。エリが楽しそうにするからね、私もそれで楽しかったの」
シキの目は細められて、意識は思い出に向けられる。ネクは先ほど蹴飛ばした空き缶にたどり着いて、また蹴飛ばした。大きめの音。距離がひらく。
「私はこんなところ、本当は歩けないの。バランスとるの下手だから。だから、今の私は運動神経もエリなんだ」
「違うだろ」
「え?」
シキはネクを見た。思わず立ち止まる。ネクも遅れて立ち止まる。
ネクはポケットに手を突っ込んだまま、ゆっくりとシキを見た。視線が合って、不機嫌そうに唇を尖らせて、けれど視線は外さない。
どこか挑むように、怒ったようにネクは言う。
「お前だって、やればできたんじゃないのか」
「だって、私……」
「お前のエントリー料は容姿なんだろ? それなら、運動神経は関係ないだろ」
「でも……」
「お前にも、きっと出来る」
シキは何も言えなくなる。
そうかな。
本当に、そうなのかな。
自信がない。あるはずがない。笑おうとして失敗した。口元が変に歪んだのが自分でもわかる。
何だか泣きそうだ。うつむいてしまう。逃げ出したい気さえする。
でも。
ぐ、と奥歯を噛みしめて、覚悟を決めて顔を上げれば、ネクがじっとシキを見ていた。視線は相変わらず厳しい。
でも、応えることが出来なければきっと、生き返ることに意味なんかないんだ。
シキは壁から降りて、ネクと同じ地面に立つ。
「……本当に、ネクは、そう思ってくれるの?」
声は不安に揺れてしまった。それでも聞いた。
このまま適当な話をして、適当に笑って、そしてうやむやにしてしまうことも出来たかもしれない。
でもそれはしたくなかった。
つらくてもきつくても、聞いておきたい。聞かなきゃいけない。
シキは唇を緊張させて、答えを待つ。
自信なんかない。だって私は本当に何も出来ない。何もしないまま死んでしまった。自信なんか、あるはずない。
それでも、もしもネクが肯定してくれたなら。それならば。
私は。
「俺は、」
ネクに迷いはない。決まりきったことを口にする響きで答えは告げられる。
「そう思う」
相変わらず視線は厳しい。いっそ睨みつけるような鋭さだ。
けれどその視線の先で、シキは、今度こそきれいに笑ってみせた。
ふわりと、力を抜くように、嘘のないそのままの表情で、シキは笑ってみせた。
「ありがとう」
ネクも息を吐いて、ふいと別の方を向いた。頭の後ろに手をやって、わざとぶっきらぼうに言う。
「ほら、急ぐぞ」
「うん!」
シキは表情を引きしめて、駆け出したネクの背中を追いかける。
胸に、先ほどの決意を思い起こす。
もしもネクが肯定してくれたなら、それならば、私はその信頼にこたえよう。
できなくてもいい。それでもやりたい。
できないかもしれないけどがんばってみたい。
ネクの信じた自分を、私も信じたい。
シキは走りながら、届かないと知りつつもう一度呟く。
「ありがとう」
私は生き返って、そしてきっと、キミの言葉にこたえてみせる。
*
ゲームが終わるその前に。
*****
信頼すること、信頼されること。
(海の話題とその他の話)
070828