♯ はじめまして、これからよろしく(ビイトとライム)


「助けてくれてありがとう。……えっと、」

そこで一度、ライムは言葉を切った。
向けられたのは、照れたような、どこかよそよそしい笑顔。

「――はじめまして」

ただ、時間だけが止まった気がした。



目を覚ましたとき、俺は道路で倒れていた。
ひとりきりだった。
そばにあったのは馴染みのスケボー。それだけ。
だから探さなきゃいけないと思った。
ライムを。
同じように、良くわからないゲームに参加させられたライムを。
どうやらここは渋谷で、広いんだか狭いんだかわからないこの街中を、ライムを探してひたすら駆け回った。
高いところに行けば探しやすいかもしれないと思って登ったビルに、ライムはいた。
良くわからない化け物に襲われているライムを見つけたとき、体中が熱くなって、何も考えられずに駆け寄った。
追い詰められ、落ちていくライムに手を伸ばす。掴む。引き上げる。
そして、やはり何も考えずに、ライムを抱えて逃げ出した。



化け物のいないところまで逃げて逃げて。
ようやく一息つけたところで、俺たちはパートナーになった。

そこで、ライムが言ったのだ。

「助けてくれてありがとう。……えっと、」

俺がまだ、一度も見たことのないような表情で。

「――はじめまして」



目の前が真っ暗になるとか、逆に真っ白になるとか、そんなことはなかった。
何も変わらない。
ただライムだけが、他人みたいに俺に手を差し出してる。

「パートナーだから、これからずっと一緒だね。ありがとう」

何がなんだかわからないまま、誘われるようにライムの手を取った。
ライムは、軽く握った手をゆらす。

「ボクはライムっていうんだ。キミは?」
「尾藤、……いや、ビイトって呼んでくれ」
「わかった、ビイトだね。これからよろしく」

まるで他人同士の会話。初めての挨拶。
俺にもだんだん、状況が飲み込めてくる。
――ライムは、俺のことを覚えてない。
それは、最初にライムを見つけたときからうすうすわかってたことだった。
だってライムが、今まで見たこともないような目で俺を見た。
他人みたいな目で俺を見たから。
ただ、認めたくなかった。
これが俺のしたことに対する結果だとしても。
受け入れたくなかった。いやだった。
認められない。

それでも、差し出された手があったかくて、どうしようもなく泣けてきた。

「え? わ、だ、大丈夫? やっぱりさっきのでどこかケガしたの? どこが痛い?」

何か答えようとしても唇が動かなかい。喉が渇いてじりじりと痛かった。
俺は何も言えなくて首をふった。
ちがう、そうじゃない、そんなんじゃないんだ。

「だいじょうぶ……?」

はじめまして、と今まで見たこともない表情で言ったライムは、見慣れた表情でおろおろと俺の顔をのぞきこんでいる。眉毛の下がり方も、首のかしげ方も、同じだ。
急にライムを抱きしめたくなって、情けなくなる。
握りしめた拳で、目をこする。

「違う、どこも痛くねぇよ」
「ほんと? 本当に?」
「当たり前だろ。俺は丈夫なのがとりえなんだからさ」

嘘だ。本当は、どうしようもなく胸のあたりが痛い。苦しい。しんどい。
でも我慢しなきゃいけない。
俺はきっと、それだけのことをした。
だから、無理矢理にでも笑って見せる。

「な?」

するとつられたように、安心したようにライムは笑う。

「よかった」

その笑い方も、いつもどおりのライムだった。
だから俺は。

「大丈夫だ。だって、俺がお前を守るから」

やっぱり、何があっても、今度こそライムを守り抜くって、そう思った。
ライムの方が、今度は泣きそうに、それでも笑っていた

「ありがとう……」

そう、笑って。


*
後悔を、取り戻す。

*****
きっとビイトは必死だったと思うし、ライムは不安だったと思う。
ビイトはライムを信じられると知っているけど、ライムはビイトを信じていいのかどうかを知らない。



070816










♯ サンデー・スイート(ネクとシキ)


「あっ、」

とかなんとか。
聞こえたきり静かだなと思ってネクが振り返れば、そこにシキはいなかった。
驚いて来た道を戻れば、店の前でじっと動かないシキが見つかった。メニューのイミテーションが飾ってあって、それをガラスにべったりとはりつくようにして見入っている。
店は、若い女性に人気のありそうなしゃれたカフェ。

「何見てんだ」
「わっ!!」

後ろから声をかけたら、飛び上がりそうな勢いで驚かれた。逆にネクの方が一瞬硬直することになる。その間にシキは振り返って相手がネクであることを確認し、ああびっくりした、と息をつく。
それはこっちのセリフだと思いながらネクは口には出さない。ただ少し不機嫌になって、シキが見ていたものをのぞきこむ。

「……パフェ」
「え? あ、うん……」

そこでふと、シキが笑った。その笑い方に、ネクはひっかかりを覚える。照れているとは違う、どちらかといえば、自虐に近いような笑い方だった。なぜかシキの瞳が暗く沈む。
シキはうつむいて、斜め下に視線を逃がした。

「うん、このお店でね、いっしょにパフェ食べようねって、約束してたんだ」
「誰と」
「……エリ、だよ。もちろん」

そしてシキはネクに視線を合わせた。にっこりと、笑う。今度はまるで今までのが嘘だったかのようなかげりのない笑み。
けれどその色は、どこか無理をしているようでも、泣きそうでもあって、やはりネクは違和を感じる。
シキは何事もなかったかのように話を続ける。

「ここのパフェね、おいしいんだって。食べてみたかったの。でもここ、印がないから入っても私たちに気付いてもらえないね」
「そうだな」
「うーん、それにしてもおいしそう」

シキはまたガラスに向かい直って、熱心に店の中やイミテーションをながめはじめる。見てるだけの何が楽しいのかネクには理解できないが、なんだか邪魔をするのもはばかられた。
シキのさっきの表情がずっと心にひっかかっている。
ネクは悩んで、悩むのも面倒くさくなって、結局ひとりで駆け出した。



ずいぶん静かだな、と思ってシキが周りを見ると、ネクがいなかった。

「えっ……」

心臓が大きく鳴った。あたりを見回す。何度も、何度も。
やっぱり、いない。

「嘘……」

どうしよう、が頭の中をぐるぐる回って、それ以外のことが考えられない。嫌われたのか呆れられたのか。そのどっちもかもしれない。だって、でも、いっしょにいないと困るのはネクもいっしょだ。いっしょ、の、はず。
でも。
仮説と否定がごちゃごちゃしてきて、シキはしゃがみこむ。どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう――。

「おい」
「わぁ!」

聞きなれた声がして、思わず立ち上がる。
ぎくしゃくとぎこちない動きで振り向けば、そこにいたのはネクだった。驚いたのはこっちなのに、ネクのほうこそ驚いたような顔をしている。なんか、既視感。なんだろう、とシキは記憶をたどって、でも思い当たらない。
ネクはいやそうにため息をついて、シキは傷ついた気分になる。
それには構わずに、ネクは片手をシキに突き出す。

「ほら」
「え?」

ネクが持っているのはソフトクリームで、気温のせいかすでに少しとけかかっている。二個あって、ひとつをシキに差し出している。

「ありがと……」

なんでここでソフトクリームなのか、わからないままシキはとりあえず受け取る。なめる。甘い。
ネクもとなりでソフトクリームを食べ始めている。額にうっすらと汗をかいていて、もしかしたらこれ買いに走ってきたのかな、とシキはぼんやり思う。
さっきまでの不安な気持ちはいつの間にかなくなっていた。
言葉に困って、何も言えないまま、黙々とシキはソフトクリームを食べている。

「あのさ、」

ネクがコーンにたどりついて、ようやく口を開いた。

「今はこんなんしか食べれないけど。でも生き返ったら、そのエリってやつといっしょに食べに行けばいいんじゃないのか」

シキはネクの顔を見たが、ネクはまっすぐ前を見たままだった。コーンをかじりながらぼそぼそというネクは、でも目元がわずかに赤い。
なぐさめてくれたの?
聞こうとして、やっぱりシキはやめた。
聞かないほうがいいような気がした。
言葉にしないほうが、大切にできる気がして。
だから、かわりに言う。

「ありがとう」

目を細めて、小さく笑ったシキにネクは余計赤くなった。
シキは本格的にとけてきたソフトクリームを食べるのに必死になったから、それには気付かなかった。
わざとらしく、ネクが言う。

「あっついな」
「そうだね」

にこにこと、シキはうれしそうに笑った。


*
きっとシキのエントリー料についてを知る前。

*****
本気で自分の中で、本編は夏だった設定しています。
個人設定その一なのであまりお気になさらず。
本編中では誰も暑いなんていっていません(……)。



070819