本当は会う気なんかなかったよ。
なんて、言ったら君は信じてくれるのだろうか。
前代未聞の3週間連続開催のゲームを終えてみれば、僕の手のひらに残ったものは予想通りとはいえあまりに少ないものだった。
でもそれを、ひとつひとつ元に戻していく。
出来る限りゲームが始まる前の状態に戻すことが、ゲームを終えてから僕の選択した未来だった。
消えてしまったもの、壊れてしまったもの、を、ひとつひとつ丁寧に再生していく。
ネク君を、そしてその友達を、生き返らせるのとまるで同じ作業だ。この街で他の人にはきっとできない、僕にだけ許された能力だ。
時間がかかったのはその作業量の多さのせいだ。元に戻すべき事柄が思った以上に多かった、それは、この3週間で僕が失った物事の多さとイコールだ。
認めよう。僕の手のひらに残ったものは、本当に少ないものだった。
それでもその残ったものの中に僕の望む姿の渋谷の街があるならば、僕はこのままでもいいと思っていたのだ。
そのはずなのに僕はなぜだかいろいろと奔走して、切り捨てたはずの、見限ったはずのたくさんの事柄を元に戻そうと必死になっていた。
心配していたのは天使の介入だった。いくらここは僕の街であるとはいえ、天使が本気になってこの街に干渉しようとするならば僕に出来ることは少なすぎる。
だからゲームを終えて地下の玉座の間にこもりきりの僕のもとに初めて羽狛さんがやってきたとき、正直緊張した。ただでさえこの街の存続を天秤にかけるという行為を僕はしたのだ。それ相応の代償を、背負わされるものだと思っていた。
緊張に鼓動を早くしつつも、不思議と心は凪いでいたように思う。
僕は玉座に悠然と腰かけながら、裁きを受ける罪人のような殊勝さで、羽狛さんに対峙していた。
「私に言えることは少ないんですけど。でも伝えたいことがありますから、勝手に言いますね」
羽狛さんは可笑しなくらい深刻そうな無表情で、一言一言を刻むように話していた。
「がんばってください」
「……え、」
「どうか、ご自分が後悔しないように、がんばってください。天使のことは気にしなくていい。どうせ、結果論でしか彼らは動かない。あなたがどういう選択をしたとしても、それで渋谷が動き始めるのならば、彼らはあなたを評価するでしょう」
「……それって、」
どういうこと、と聞こうとする僕に対し、初めて羽狛さんが表情らしい表情を見せた。
きっと、笑っていたのだと思う。
「あなたのことはきっと私が守ります。だからこそ、あなたは、あなたの信じることを為してください」
その為のプロデューサーという立場です。こういうときくらい、多少の責任は負いますよ。
だからこそ、あなたには自由にやってもらいたい。
なんて。
「……羽狛さんって、そんなに僕のこと好きなの」
思わずいつもの調子で軽口をたたいてしまう。しかも無意識だった。
羽狛さんが今度ははっきりと苦笑して、ようやく僕は自分が何を口走ったのかを知らされる。
かっと恥ずかしくなって顔をしかめた。頬が僕を責めているように熱い。
「好きですよ。いつでも。あなた自身も、そしてあなたが作るこの街も」
急に胸が痛くなって瞳の奥に熱が溜まる。
僕でもまだ泣けるのだ、ということを思い出す。
「……羽狛さんの癖に、格好つけちゃって」
泣きたい気持ちというのがこんなに痛いものだったなんて知らなかった。
僕は羽狛さんのやさしい苦笑いを見つめながら、思い出していたのは、ネク君のことだった。
どうして君はあの時泣いたのか、僕は本当に本気でわからなかった。
でももしかしたら、今なら、それが無理でもこの先いつか、理解できる時が来るのかもしれない。
「じゃあ、本当に、本当に僕は好き勝手にするからね」
「いや、自分勝手とかわがままとかは困るんですけど」
「いいじゃない、もう、心が狭いなぁ。もてないよ? 僕に」
「いや別にもてなくてもいいんですけど」
いつものように、軽口の応酬の後、羽狛さんは帰っていった。
今度は手土産に何かお持ちしますよというから、羽狛さんの入れたコーヒーが飲みたいなとリクエストしておいた。
羽狛さんは覚えていてくれるだろうか。
羽狛さんはわかっているだろうか。
羽狛さんの言葉に、僕がどんなに、うれしくなったのかを。
「ほんっと、格好つけちゃって。羽狛さんのくせに」
くすくすと笑ってみたのだけれども、喉の奥が泣きそうに引きつっていて、どうしようもなかった。
それからいろいろとまたがんばって、気付いてみればあっという間に時間も過ぎて。
夏になれば思い出す。ちょうど一年前のこの時期だった、と。
渋谷の空は灰色に晴れている。低位同調して人ごみにもまれながら街を歩くのが最近のお気に入りだった。
昔は、違う。もっと高いところから街を見下ろしたほうが見えることも多いと思っていた。だからビルの屋上に飛んで、人の流れをただじっと見つめていた。
でも今は、その見下ろしていた人ごみにもまれながら避けながら、時に流されて時に逆らって、気の向くままに歩いている。
壁グラの色彩は一年前とは異なっていた。定期的に依頼を受けて、描き換えているのだと羽狛さんは話していた。
だから馴染み深い死神はもうここにはいない。
青一色の背景にいろいろな線が絡みつくように存在を繋いでいる。
それでも手のひらには冷たい鉄の塊の感覚が蘇る。
そっとその手の甲に口付けてみて、自分をなぐさめる。
そこでふと、気まぐれに思い立ったのはひとつのミッションだった。
今ならもう、いいのかもしれない。
どうせ君はもう来ない、なんていう楽観もこの胸には確かにあった。
そしてほんの僅かな希望と期待。
『壁グラ前、いつかみたいに待ち合わせ』
あのゲームの一番最初、僕は、君の事を待っていた。
君がちゃんとパートナーとの契約を結ぶのを見て、安心して立ち去った。
これでゲームが始まるのだと僕は確かにうれしかった。
本当は今までだっていつだって、ずっと君の事を見ていたんだ。
知らないでしょう?
でも君は、それでいい。
送信完了のケータイの画面。ミッションに時間は設けなかった。これは正式なゲームではないから、手のひらにリミットだって表示されない。
どうせ君はもう来ない。それなら、僕はいつまでここで待っているつもりなのだろうか。
もしかしたらそれを量りたいためだけのミッションかもしれなかった。
君はもう来ないとして、僕はいつまで、そんな君を待っていられるのか。
それはそのまま僕の君に対する執着の大きさだ。
そんなものを知りたがるなんて、我ながらなかなかに趣味が悪いと思う。
それでももしも、万が一、君がここに来てしまうのなら。
聞いてみてもいいだろうか。
例えばあの時の涙の意味を。
どうして引き金を引かなかったのかを。
そしてもっともっと、いろいろなことを、君から聞きたい。
今は思いつかないけれど、たくさんのことを、君の言葉で話してほしい。
僕はその話を聞いてみたい。
それがこの一年という時間をかけて、ようやく把握できた僕の望み。
「どうかな」
僕はふわりと飛び立って、グラフィティの壁の上に乗る。
ほんのりと高いこの場所は渋谷を見渡すには足らなくて、それでも僕の身長よりも多くのことを見渡せる。
果たして君は来るのだろうか。
来て、くれるかな。
僕はいつまでそれを待っていられるだろう。
本当は期待と不安と、それ以外のいろいろで心拍が早かったけど、何てことないように取り繕ってケータイを見る。
僕はいつまで待っていられるのかな。
この生まれ変わった渋谷の街の片隅で、僕は僕を、そして君を、試し続ける。
きっと、ずっと。
これからも。
*
2、(side JOSHUA)
*****
思いつきで書くとダメですね、のいい例になりつつある。
ごめんなさい。構成めちゃくちゃで。
ごめんなさい、書きたいことばかり考えなしに詰め込んで。
ヨシュアがいると羽狛さんが出張ってくるのがもはやデフォでどうしようかと。
最近、羽狛さんが本気で私の好みど真ん中なことにようやく気付きました。ああ、余すところなく素敵過ぎるナイスおっさん。
080728